カンボジア

カンボジア大学教育の現場、限られた者しか大学へ行けない自覚

Cambodia University「カンボジアは1970年代にポルポト政権によって国内のあらゆる教育施設、学者、資料がクメール・ルージュの粛清によって破壊された。その傷跡残るカンボジア国内の教育は今どうなっているのか。学校に行ける人々は何を想い、何を見つめて生きているのか。教育の盛衰こそが国家の盛衰に繋がると信じている私としては、カンボジア王国のこれからの行く末を教育という観点から見つめ、推測し、感じたかった。カンボジアの大学に通う学生へのインタビューを通じ感じたことをご紹介した。この体験こそが私に国際開発に関わるきっかけを与えてくれた。

カンボジアと言えばアンコールワットを始めとするアンコール遺跡を思い浮かべる人が多いだろう。実際、タイ、カンボジア、ベトナムと東南アジアを周遊するバックパッカー達もカンボジアはアンコール遺跡のみ見学して立ち去る人が多い。しかしながら、カンボジアの負の歴史、曲言すれば、カンボジアという国を知るためにはプノンペンは避けては通れない場所だ。なぜならその地にはポルポト政権時代の深い傷跡が未だに残っていて、それを肌で感じることができる場所だからである。

 

貧しいという自覚と未来を担うという意識

二つの大学を訪れ、短い時間ではあるが大学生らと交流する中で感じたことは、彼らはより良い社会と国を造ろうと、未来をしっかりと見ているという印象である。ポルポト政権下の中で国が確かに教育に大きな損傷を被ることになったことは事実だが、その苦しみの後に生まれてきた彼らは、もちろん過去の歴史に学ぶことはしても、それを引きずろうとする姿はなかった。

「この貧国カンボジアでは限られた者しか大学へ行けない」という自覚を持ちながら勉学に励む姿は、我々も学ばなければならないことである。

2年後に再びプノンペンを訪れたとき、当時独立記念塔を超えた辺りの川沿いにあった貧民街は一掃され、アウトレットが立ち並び、ニューシティーという名に変えて新しい街づくりが始まっていた。こうした急速な経済成長の最中にあっても、未だ良質な教育を受けられるのは限られた人だけである。こうした教育の現状に目を向けず、開発を経済成長だけで捉えれば、きっとまたそこに格差が生まれてくるだろう。

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