インド

女性の地位向上に貢献するインドの革新的NGOベアフットカレッジ

Woman, India

最貧困層を救う

Barefoot大学院の研究の一環で、前回紹介したインドで革新的な取り組みを行うNGOベアフットカレッジを実際に訪問し、1日体験ツアーに参加してきた。

これまでカースト制度の一番下の身分にも入らず(out of caste)、劣悪な環境で働いてきた農村部の40代~60代の女性が、ベアフットカレッジ(Barefoot Collage)による6か月の訓練を受けることによって、農村を支える重要な太陽光発電のエンジニアとして活躍するようになる(過去記事参照)。実際に訪れた時もおばあちゃんたちが一生懸命ハンダ付けしながら部品一つ一つを組み立てており、その高い技術にはただただ驚かされる。

 

一つの灯りが希望の光

Barefoot2農村部に住む子供たちはほとんどが日中に働きに出るため学校に通うことができない事情がある。電気の通っていない村では日没によって一日を終えるため夜に勉強することもできない。つまり、これまで農村地域では学び盛りの子供が学ぶ機会を得られない現状があったのである。

こうした課題に対して、ベアフットカレッジは子供のケイパビリティ(潜在能力)を高めるために、太陽光発電によって蓄積した電気を使って3つの村でナイトスクールを展開している。私も今回このナイトスクールを視察し、子供たちと一緒に授業を受けてきた。

ナイトスクールが行われている村はそれぞれカレッジから15-20キロほど離れており、車で舗装されていない真っ暗な道路を通って村まで向かう。授業はインドっぽく(?)、0の概念と2ケタの足し算を行っていた。驚くべきは子供たちの凄まじき学習意欲だ。訪問者には目もくれず、ひたすらに授業に集中する姿は希望である。

 

大事なのはコミュニティ

Barefoot4ベアフットカレッジは45年の歴史がある。創設者のバンカー・ロイは既に70歳を超えているが、今でも農村地域のプロジェクトや世界各国からの有力者との会談などによってカレッジにはひと月に10日ほどしかいない。私が訪れた日も多忙なスケジュールだったそうだが、たまたま太陽光発電の視察のためにカレッジに来ていたバンカー・ロイを発見し、少しの時間ではあるが言葉を交わすことができた。

私がインドのビハール州について研究していると言うと、「大切なのはどのように教育を提供するかではなく、どのように優れたコミュニティを作るかであり、プロジェクトは築いたコミュニティによって評価されるべきだ」、という言葉を頂いた。

 

世界中から注目されているベアフットカレッジ

Appleが提供しているパソコン
Appleが提供しているパソコン

ベアフットカレッジにはこれまでダライラマや国連機関、大学研究者やNGO関係者など、世界中から訪問者が訪れている。私の訪問時にも10名ほどのハーバードの大学生がスタディツアーで訪れており、また、カレッジに出資しているAppleの社員たちも視察に訪れていた。農村地域における、実践的で持続可能的で自給自足的なコミュニティ型学習の成功モデルとして世界中から注目されているのである。

 

干ばつの恐ろしさを知る

ベアフットカレッジの図書館は世界中からの訪問者の寄付によって書籍が集められている
ベアフットカレッジの図書館は世界中からの訪問者の寄付によって書籍が集められている

ベアフットカレッジ創設者のバンカー・ロイは当初カレッジを創設する候補の場所として、インドの最貧地域として知られるビハール州を考えたそうだ(現在はビハールにもカレッジがある)。それがなぜラージャスターン州という場所に建設するようになったのだろうか。

ビハール州は基本的には高温多湿な地域だが、バンカー・ロイがたまたまビハール州の村で働いていた時に乾期となり、水がない恐ろしさを実感したそうだ。その経験がきっかけとなり、インドで常時的に干ばつに苦しむ地域、ラージャスターン州の農村を対象にカレッジを創設しようと決めたのである。

実際、私がカレッジを訪れたとき、気温はインド史上最高の51度で湿度は10度前後。インドの夏季における熱波は殺人的な危険性があり、昨年は熱中症で2000人以上が亡くなり、今年もすでに数百人が熱中症で亡くなっている。特にベアフットカレッジのある村では極度の干ばつ地帯で井戸からの水が文字通り生命水となっている。

私は不覚にも熱中症の症状に襲われた。暑いのに汗をかかない、極度の筋肉痛、何をしても熱が体に溜まっているような感じがする。これはやばいと思ったが、もしこの村で倒れたら、冷たい水もエアコンもないので暑さは防げず、下手したら死ぬかもしれない。像考えたらゾッとしてしまい、なんとか気合で乗り切った。バンカー・ロイがこの場所にカレッジを建てようとした理由の妥当性を実感したのである。干ばつ、恐るべし。

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