ヨーロッパ・中央アジア

中央アジアを巡る政治、経済、文化

はじめに

先月号で、中央アジア地域の大きな転換期となるカザフスタン大統領の交代を書きました。その直後に、再度青天の霹靂のようにカザフスタンで新大統領を決める選挙が6月に前倒しで実施されることが発表されました。キルギスでは内政は安定しつつも、政局では前体制と現体制の間での摩擦が続いており、また第三勢力による動きが水面下で続いています。4月は韓国大統領による中央アジア諸国歴訪がありました。今月号では、自身が最近訪問したタジキスタンの現地の状況について紹介し、シルクロード文化遺産と日本との関係を紹介します。

カザフスタン大統領選の前倒し実施

3月20日、カザフスタンで初となる体制転換、つまりは独立後28年の間で大統領として君臨したナザルバエフ前大統領が退任する出来事が起こりました。憲法上の規定でカシム=ジョマルト・トカエフ前上院議長が大統領代行を務めることになりました。当面はナザルバエフ前大統領が院政を敷きながら、信頼が厚く、外交等で有能なトカエフ氏が2020年4月までに実施されると見込まれていた大統領選挙まで政権を運営するという見方がなされていました。そして、選挙後は、ナザルバエフ氏の長女ダリガ・ナザルバエヴァ上院議長に体制が移行されるのではないかとの憶測が流れていました。

また、首都のアスタナが前大統領のファースト・ネームである「ヌル・スルタン」へ改名されたことが、世間をにぎわせていた矢先、4月6日に、突然、新大統領の選出選挙を6月9日に実施することが発表されました。それに引き続き、カザフスタンの与党ヌル・オタン党は23日に、大統領選挙の候補者として、トカエフ大統領代行を指名しました。これにより、カザフスタンの次期大統領は、トカエフ氏になる可能性が大きくなりました。注目されていた前大統領の長女ダリガ上院議長は候補に指名されなかったことから、これは、ナザルバエフ氏が露骨な世襲に対する民衆からの批判を避けて、中継ぎを経由して時間をかけて、長期的な体制移行を視野に入れているようにみられています。

大統領選に関しては、野党のアク・ジョル党がダニヤ・イェスパエヴァ氏を大統領選挙候補として発表しました。これは、カザフスタンの大統領選挙の歴史で初となる女性の候補者となります。トカエフ氏に勝利することは非常に難しい状況でありながらも、女性が大統領選挙に出馬することは、ある意味、次期大統領が女性になることもありうるということを世間にアピールするための動きなのかもしれません。

キルギスの政局動向

キルギスでは、アタムバエフ前大統領とジェエンベコフ現大統領の間で、対立関係が続いており、4月は様々な動きがありました。アタムバエフ氏がメディア等で、ジェエンベコフに体制移行したことを後悔したり、現政権を批判する活動を続ける一方、彼が与党を務める社会民主党内では、すでにほぼすべての党員が現大統領派に回っており、アタムバエフ氏を党から追放する動きを強めていました。4月3日、首都ビシュケクではアタムバエフ氏を党首から追放し、新しく選出された党首サギンベック・アブドゥラマノフ氏の正当性をアピールする大規模集会が行われました。その直後、4月4日にはキルギス国会で元大統領職にあった人物に対する刑事免責をはく奪する法案が可決されました。これにより、仮にアタムバエフ氏が、汚職等の事由により逮捕されるという可能性も想定されることになりました。

4月13日、2017年のキルギス大統領選挙で、ジェエンベコフ現大統領と最後まで競ったビジネスマンのババノフ氏が長らく身を寄せていたロシアからキルギスに帰国するといったニュース流れました。帰国に合わせては彼の支持基盤があるタラス州をはじめ、国内数か所で彼の支持者が大規模な集会を計画していました。ババノフ氏の帰国が、彼の政界復帰や第三勢力として政治への介入を意図していた可能性がありますが、結局帰国は中止となり、国内での支持者による集会もすべて中止されました。ババノフ氏は、2017年の選挙キャンペーン期間中の演説内容に関して、違法な内容が含まれていたことから当局の捜査の対象になっているといわれており、帰国後すぐに逮捕されるという憶測もありました。その場合は支持者による国内の治安悪化等、様々なリスクを抱えていたこともあり、帰国を中止した模様です。

4月23日には、首都ビシュケクで現在刑事裁判のため拘束中のテケバエフ元首相の支持者による大規模な抗議集会がありました。過去に首相を務めた人物や国会議員等が複数、刑事訴追裁判のため身柄を拘束されているキルギスでは、日々集会や抗議デモ等のニュースが続いています。党首を追放させられたアタムバエフ前大統領やババノフ氏による第三勢力の動き、そして、2020年秋に5年ぶりの国政選挙を控えるキルギスでは様々な政党間での連携等の模索が続いており、政局の動向が今後も注目されます。

韓国大統領による中央アジア訪問

韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が4月16~23日の日程で、就任後初めての中央アジア訪問として、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンの3カ国を訪問しました。トルクメニスタンでは、ベルディムハメドフ大統領と会談し、主にエネルギーや輸送分野において、韓国企業による投資や協力に関する協議が行われました。ウズベキスタンでは、ミルジヨエフ大統領と会談し、ウズベキスタン側は、エネルギー、石油天然ガス、化学、鉱業、輸送・物流、機械・電気製造、繊維、食品加工、インフラ分野で韓国による協力拡大を要請しました。両首脳は、首都タシケントで2国間のビジネスフォーラムに参加し、アングレン特別経済区と韓国の仁川特別経済区の協力などが話し合われました。その後、両大統領が歴史文化都市であるサマルカンドを訪問した様子が大きく報道されていました。

カザフスタンでは、トカエフ新大統領と会談し、朝鮮半島問題の非核化に関する政治的な対話を行い、経済分野ではカザフスタンへの韓国による協力プログラムに関し2019年から2022年までの行動計画について合意しました。同プロムグラムを通じて輸送物流、建設、インフラ、鉱・冶金(やきん)業、エネルギー、イノベーションなど、10の分野で58の事業の実現を目指しています。今回の文大統領の中央アジア訪問は、5か国歴訪ではなく、石油や天然ガス、産業開発の水準が高い中央アジア3か国が選ばれた様子です。ウズベキスタンとカザフスタンは、1930年台にスターリンによる民族移動政策により、極東の朝鮮民族が大量移住させられており、現在でも大規模な朝鮮コミュ二ティーがあることからも、韓国との経済・文化的な関係は大きい状況にあります。タシケント、ヌル・スルタン、アルマティなどの都市はソウルとの直行便も数多く飛んでおり、韓国による中央アジアへの関与は、経済・開発・文化等の面で引き続き注目に値します。

タジキスタンの国際投資フォーラム

筆者は4月20日、タジキスタンの首都ドゥシャンベにて、開催されたタジキスタン国際投資フォーラムに参加してきました。ドゥシャンベ市が首都における経済活動における外国投資の促進と多角化を目的に主催しました。タジキスタン国家資産管理員会より、計477百万ドル相当の新規事業に関するプレゼンテーションが行われ、食品加工、衣料生産、化学、建設資材、住宅建設等の分野におけるプロジェクトの紹介がなされ、外国企業からの投資を呼びかけました。会議ではパミール・エネルギー・サービスという電力エンジニアリング企業や韓国のDooriエンジニアリングという、すでにウズベキスタンやモンゴルでグリーンハウス栽培技術事業を実施している会社による事業紹介もありました。タジキスタンはアフガニスタンと国境を接しており、言語や文化面で共通項も多く、経済分野でアフガニスタン企業との関係が緊密であることも感じました。

ドゥシャンベ滞在中に、タジキスタンで初のイスラム金融制度を利用したマイクロ・ファイナンスに取り組むアリフ・キャピタル(Alif Capital)を訪問し、設立代表者と面談する機会を得ました。アリフ・キャピタルは、2014年にタジキスタンでイスラム金融制度が法制化した直後に設立された比較的新しい組織です。アリフ・キャピタルは「ムラバハ(Murabaha)」という取引形態を採用しており、これは、銀行が買い手の代わりに財を購入し、原価よりも高い代金で転売し、事後に一括または分割で回収する形態の売買を想定します。銀行は購入代金に金利分を上乗せして転売することで、銀行はイスラム教で禁止されている利子ではなく、売却益として顧客から利益を受けることができる仕組みとなっています。

アリフ・キャピタルの他の特徴としては、フィンテック(Fintech)を活用し、携帯やスマートフォンを通じて、金融サービスを顧客に提供することで、金融商品へのアクセス面を断然よくしている点にあります。わずか5年でタジキスタンの5本の指に入るマイクロ・ファイナンス企業として成長し、従業員は今や200人超、事業規模も当初の5倍となっています。アリフ・キャピタルには、アリフ・アカデミー(Alif Academy)が併設されており、フィンテック部門を支えるITソフトウェア人材の育成にも同時に取り組んでいます。日本の日本財団がアカデミーの人材育成に協力しているとのことでした。

今回のドゥシャンベ訪問を通じては、筆者が2010年頃に比べて、首都ドゥシャンベの雰囲気がかなり変わっていきていることを強く感じました。大通りを飾る電飾、華やかで大規模な公園、新しい政府機関のインフラ(中国が支援したものも多い)、ショッピングモールや新しい高層アパートが次々に出現している様子、昔は数えるくらいしかなかった西洋的なカフェやレストランが少しずつ増えてきていること、スーパーマーケットの商品が豊富になってきていることなど、人々の生活の光景が近年かなり変化してきていることを認識します。アリフ・キャピタルのような新興企業家やビジネスマンが、少しずつ増えてきており、タジキスタンの生活改善、経済開発に貢献する活動がこれからも増えていく期待を抱きました。

中央アジアの文化遺産と日本の関係

Photograph: Naoki Nihei

タジキスタン訪問後に、陸路でウズベキスタンに移動する途中、パンジケント(Panjikent)国境を越えました。パンジケント国境検問所は、タジキスタンの西部にあるソグド州のザラフシャン川沿いにある地域であり、西方約50kmにはウズベキスタンの都市サマルカンドが位置しています。ウズベキスタンのミルジョヨエフ新大統領就任後、ウズベキスタンとタジキスタンの新たな関係により、10の国境検問所が再開しました。パンジケントはそのうちの一つで、長年閉じられていた本国境検問所が開いたことで、タジキスタンからウズベキスタンのサマルカンドを訪問する人々が増えている傾向にあると聞いています。また、海外からの旅行客が世界文化遺産サマルカンドを訪問して、その後、ペンジケントを越えてタジキスタンに入国するルートも可能となりました。

パンジケント国境の手前、古代都市であったサラズム遺跡があります。約5000年前に、サラズムは中央アジアにおける金属製品生産の中心地となり、周辺地域に輸出を行っていたといわれております。サラズムは2010年7月に世界遺産のリスト入りを果たし、タジキスタン初の世界遺産となっています。現場を訪問したところ、現在でも古代遺跡の発掘作業や文化遺産修復事業が継続して行われている様子でした。

さて、中央アジアのシルクロード文明に関して、特に仏教遺跡の発掘という点で、日本との関係が深いことはあまり知られていない事実かもしれません。人類学者の加藤九祚先生(2016年没)は、長年ウズベキスタン南部テルメズにある郊外カラ・テペ仏教遺跡での発掘を行っておりました。加藤先生の意志は、今でも立正大学ウズベキスタン学術調査隊により引き継がれて活動が続いております。キルギスでは、首都ビシュケクから東に 47kmの地点にアクベシム遺跡があり、現在帝京大学シルクロード学術調査隊による発掘調査が進行中です。同じく首都ビシュケクより東へ40㎞のチュイ渓谷には、クラスナヤ・レーチカ遺跡があり、2003年から2006年にかけて、UNESCO文化遺産保存日本信託基金による支援で事業が実施されています。

日本政府は、「中央アジア+日本」対話という外交枠組みで、現在、観光分野における協力や連携を促進しています。2018年2月の第4回専門家会合では、中央アジア5か国の観光分野の実務専門家が日本を訪問して、関係機関と協議や対話を行っています。中央アジアは経済協力面ではロシアと中国が優位にあり、韓国やインドの経済外交も非常に活発的です。仏教で歴史的なつながりがある日本は、ODAや民間投資による経済外交だけではなく、現在様々な大学や研究者が遺跡発掘事業に従事していることを考慮し、文化外交で中央アジアとの関係を今後協力していくことも期待されています。

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