ヨーロッパ・中央アジア

中央アジア地域におけるEUによる新戦略

はじめに

7月は欧州連合(EU)と中央アジアの代表がキルギスの首都ビシュケクにて集合し、欧州による中央アジア地域への今後の関与について新しいストラテジーが発表されました。中央アジアにおいては、ロシアや中国による関与が強いのは言うまでもありませんが、日本と同様に、旧ソ連崩壊後に関与を始めた欧州諸国にとって中央アジアは近年体制転換を迎えており、新たな体制との新しいパートナーシップを構築する時期にあります。7月はフェルガナ盆地のキルギス・タジキスタン国境の村で住民間衝突が再燃し、緊急対応として2ヵ国の大統領が国境地域で会談するという歴史的事態に発展しました。キルギス前大統領やトルクメニスタン大統領の死亡説など、体制移行に関する出来事を紹介します。

欧州連合(EU)による新たな中央アジア支援戦略

7月7日、キルギスの首都ビシュケクにて第15回EU中央アジア閣僚級会合が開催されました。モゲリーニ欧州連合外務・安全保障政策上級代表とカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの外相が集い、EUと中央アジア諸国間の新しいパートナーシップが確認されました。この会合を前に、6月17日、EUは、中央アジア地域の強靭性強化と繁栄のための新たな政策を採択しました。EUは、中央アジア地域の地域協力・統合そして発展のために今後も協力していく方向を示しています。今回の政策では、EUは中央アジア地域の地域連結性(Regional Connectivity)の強化、そして地域内協力においては隣接するアフガニスタンとの関係も強化することを表明しています。

ビシュケクで開催されたEU中央アジアフォーラムにて、モゲリー二上級代表は、2014-2020年の間EUによる中央アジアへの支援が約10臆ユーロに上ったことに触れて、今後も環境、気候変動、持続可能な消費・生産、エネルギー、ジェンダー、対テロ、教育などの分でEUは支援を強化していくことを述べました。

具体的な例として、エネルギー分野では、約20百万ユーロで、タジキスタンの水力発電を支援し、アフガニスタンへの電力融通にも貢献すること、経済開発分野で、ウズベキスタンとカザフスタンにてアフガニスタン女性を受け入れて人材育成すること、36百万ユーロで、キルギスの教育セクターを支援すること、14百万ユーロにて、中央アジア地域の持続可能な生産・消費に貢献すること等を支援の目玉として挙げています。

EUは、1991年の中央アジア諸国の独立後、開発援助を通して、社会・経済的発展に貢献するとともに、同時に民主主義、人権、市民社会の育成という欧州的な伝統的価値を醸成するための活動にも大きく関与しているように見えます。特にウズベキスタンにおいて、2005年のアンディジャン事件以後、欧州によるウズベキスタンとの関係変化後、欧州による現地での活動が減少する傾向がありましたが、2015年の政権移行によるウズベキスタンの対外関係の変化も影響し、EU並びに欧州諸国による中央アジア地域への関与が高まっているように見えます。

地域協力のアプローチに関して言えば、5月に日本がタジキスタンに「中央アジア+日本」対話・第7回外相会合を開催した際と同様、地域内の連結性に重点を置いていること、また近接するアフガニスタンの開発・安定・繁栄を視野に入れて地域内協力を推進するアプローチは大いに共通しており、日本やEUが、国際機関等と連携して地域内協力を進めることにおいても連携していくことが期待されます。

中央アジア地域における気候変動による懸念

世界銀行によると、中央アジア地域は欧州・独立国家共同体(CIS)諸国の中で一番気候変動による影響に脆弱であることが伝えられています。既に気温の上昇、氷河の融解、水資源の減少、干ばつや洪水などの自然災害といった形で影響がすでに出始めています。これらの影響が経済的な損害に繋がると関係者は指摘しています。

20世紀の中頃に比べると、気温の変化が著しく、中央アジアの南部では、平均0.5度上昇しており、北部地域では、1.6度ほど上がっています。これらの変化は氷河の後退や水資源の枯渇に影響を与えています。また、20世紀初頭に比べて、中央アジア地域の氷河は3分の1になったといわれています。世界銀行の推定では、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギスにおける自然災害による経済への悪影響は、年間GDPの0.4パーセントから1.3パーセント相当となっています。

中央アジア地域の気候変動に対する脆弱性の主要因は、これらの国々が天然資源に大きく依存していることにあります。例えば、域内人口の3割から6割の人々は、農業を主な収入源にしています。タジキスタンのある地方では、3割生産高が減少する可能性があると推定されています。カザフスタンでは、66パーセントの土地が干ばつのリスクに瀕しており、2030年までに穀物生産が37パーセント減少、2050年までに48パーセントの減少と推定されています。次の世紀までには、カザフスタンの国土の半分が砂漠化するリスクがあります。そしてトルクメニスタンとウズベキスタンの多くの国土が乾燥地域になる可能性があります。

中央アジア地域の最大の課題は水資源の枯渇です。特に地域の水力発電の9割はタジキスタンとキルギスに依存しています。2050年までにはシルダリア地域の水量は2から5パーセント減少し、アムダリア川は10から15パーセントといわれており、これらは大きな水不足を引き起こします。利用できる水資源の不足は地域全体のエネルギー供給や水力発電による生産量に問題を投げかけます。世界銀行関係者は、気候変動の問題に取り組むべき中央アジア地域は域内協力を促進していく必要があると強調します。

専門家によると、これらの課題に対処するために、老朽化したインフラを更新し、エネルギー資源の効率的利用の推進、気候変動に適用した農業技術の導入、気候変動や環境問題に関する調査研究予算の拡大を提言しています。何よりも重要なのは、地域内協力により共通の課題に対して協力して取り組むこと、これは、「中央アジア+日本」対話やEU+中央アジアとも共通することで、地域内協力が、これまで以上に中央アジア地域の発展・安定のために重要なこととなってきていることを示唆します。

キルギス・タジク国境地帯における紛争再燃と緊急対応

The Povertist4月号にて、中央アジアのフェルガナ盆地といわれるウズベキスタン、タジキスタン、キルギスの3か国が複雑に国境を接する地域があり、この地域では、独立後も国境の未画定問題や飛び地による住民移動や住民間関係による衝突が常にリスクとして存在していることを紹介しました。

3月にキルギス国内にあるタジキスタンのヴァルーフ(Vorukh)と言われる飛び地に隣接する集落で発生した住民間での大きな衝突を書きました。7月22日、前回同様にキルギス南部のバトケン州に隣接するタジキスタンのソグド州からキルギス領内を通り、飛び地であるヴァルーフに向かう道路にタジク側住民が、タジキスタン国旗を立てたことに、キルギス側住民が感情的となったことで、銃器によりタジク側住人1名死亡、7名負傷する事態となりました。7月24日には、当局が現地におけるタジク・キルギス間の事態を重く受け止め、キルギス領のアクサイ村の住民約650名を非難させることに発展しました。

7月26日には、歴史的と言ってよい国境地域における二国間大統領会談がタジキスタンのソグド州イスファラにて行われました。ラフモン・タジキスタン大統領とジェエンベコフ・キルギス大統領が国境地帯での衝突を納めるため、また今後将来平和的に住民間が生活することを目指した対話が行われました。今回両国のトップレベルが現地入りして、長年未解決である国境地域の未画定について話し合いを行なったことは大きな進展だったと考えます。大事なのはキルギスとタジキスタンが国境を接する970キロのうち、国境が画定されているのは、519キロのみであり、曖昧な国境沿いで暮らす人々が水や土地を巡り衝突しないよう、少しでも画定交渉を進めていくことです。

アタムバエフ前キルギス大統領による突然の訪露

7月24日、アタムバエフ前大統領が、ロシアがキルギス内で駐屯するカント空軍基地からプライベートジェットでロシアへ出国し、モスクワでプーチン大統領と会談しました。アタムバエフ前大統領は、ジェエンベコフ現大統領を首相から大統領へと後押しした人物ですが、体制移行後は現大統領との確執が表面化し、また大統領逮捕免除の特権が無効になったことから贈収賄等で逮捕される可能性がある中のモスクワ行きとなりました。

面談では、プーチン大統領がアタムバエフ前大統領に対して、ジェエンベコフ現大統領と和解し、協力するように進言した様子が伝えられています。プーチン大統領は、2005年のチューリップ革命(アカエフ政権の追放)や2010年の市民革命(バキエフ政権の追放)と2010年の南部での民族衝突を経験しているキルギスにおいて政治的な安定、国家の統一が最重要であることを強調しました。

アタムバエフ前大統領自身がキルギス国内で逮捕されるような可能性もはらんでいたこともあり、ロシアへ亡命するのではないかという説もありましたが、今回は30時間の滞在でキルギスへとすぐに戻り、また今のところ逮捕されるような事態は起こっていない状況です。ジェエンベコフ大統領とプーチン大統領は7月にモスクワに会談をしておりますので、プーチンはキルギスの前大統領と現大統領それぞれに対して、会談し、何らかの助言を行ったことになります。キルギスは5年に一回の国勢議会選挙を2020年の秋に控えている中、今後のキルギス内の政情については注目していく必要があります。

トルクメニスタン大統領死亡説

7月20日、トルクメニスタンの野党系ユーチューブ・チャンネル「エルキン・トルクメニスタン」(自由なトルクメニスタン)が同国のグルバングル・ベルディムハメドフ大統領が亡くなったことを伝えました。その後、在露・トルクメニスタン大使館が同報道を否定し、その後25日ロシアのメディアがベルドイムハメドフ大統領が政府ビルを訪れる姿を放送しており、公式機関からの報道は特にありませんが、死亡していないことで事態が継続していることになります。

ベルディムハメドフ大統領は2007年2月、ニヤゾフ前大統領の突然の死去を受けて大統領に就任しています。今回の死亡説が真実であれば、ウズベキスタンのカリモフ前大統領死去に続く、中央アジアにおける大きな体制転換ともみられていました。また、天然ガスなどの資源が豊富なトルクメニスタンの国家内政が流動化し、治安等のリスク面も懸念されていました。

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