パキスタン

パキスタンの産業人材育成の現場から

Photograph: Aya Fujita

「産業開発」、「民間セクター開発」と聞いて、どのような開発支援が頭に浮かぶだろうか。この分野は、途上国への開発協力の中でも保健医療や教育といった分野に比べて馴染みの薄い分野のように思われる。しかしながら、日本の戦後復興から高度経済成長への過程が示すように、製造業をはじめとする工業分野の発展は、教育、雇用、労働、法とガバナンス、社会的弱者の包摂といった幅広いセクターと関わり、従事する人々の生計を支え、社会の安定を保つ役割を果たす。

最近の日本の政府開発援助(ODA)においても、経済成長の基礎および原動力を確保するための支援の中で、産業基盤整備・産業育成、職業訓練・産業人材育成・雇用創出は重要な支援項目の一つに位置付けられている[1]

産業開発と聞けば、産業基盤整備、つまり箱もののインフラ整備を想起する読者も多いのではないだろうか。確かに、輸出や輸送ができるための空港や港湾、運送されるための道路、橋梁、鉄道、運輸システム、そして生産に使われる電力や水を供給できる仕組みといった経済社会基盤の整備も不可欠である。一方、農林水産業でも製造業でもサービス業でも、産業を支えるのはやはり「人」であり、特に製造業においては産業界のニーズに資する技術者や管理者の育成、有効な戦略を立案できる政策立案者の能力強化が急務である。

パキスタンのアパレル製造工場を観察するだけでも、その生産の大部分が人の技能・技術で成り立っていることがよく実感できる。アパレル製品の生産は、一部の例外を除き全ての工程を自動機械化にするまでは至らず、多くは機械を操作する人の技量にかかってくる。例を挙げれば、縫製工による縫製の技能や品質への意識、検品担当者の検品技能と感覚、生産ラインにおける業務量のムラをなくすラインリーダーや工程間のつなぎの効率化を図る中間管理職の生産管理・工程管理技術などと、至るところまで人の技術が求められる。したがって、アパレル製造企業の成長、つまるところ産業全体の発展には、長いスパンでの労働者の技術水準の底上げが必要であることがわかるだろう。

しかしながら、現状はどうだろうか。特にパキスタンのパンジャブ州では、縫製工全体に占める非正規雇用者の割合や雇用の流動率が東南アジア・南アジアのアパレル生産国と比較して高いと言われており、職場での定着率の低さから企業内での技術の蓄積が進みにくい状況にある。さらに、世界の例に漏れず、パキスタンでも人々の工業・生産現場離れは顕著だ。大手企業は、生産拡大のために工場からずっと離れた県の村々にまでリクルートに出かけている。地方都市の中小企業は、工場の中に女性が働きやすいよう女性専用生産ラインを設けたが、閑古鳥が鳴いている状態だと嘆く。一方で、農村に社会調査に出かけると、何らかの制約があって働きたくても働けない女性が失業状態に置かれており、構造的失業が顕在化している。このように産業人材育成と雇用・労働は深く関係しているものの、これまでの産業開発支援において、雇用・労働に関わる課題は実務者にどれだけ深く顧みられてきただろうか。

産業開発支援にあたっては、従来のようにその特定の産業技術の専門家が中心となって「技術」に焦点を当てて産業界を分析するのが王道かもしれない。しかし、技術的視点に加えて「人」にも着目して課題の深掘りをしてみると技術移転以前に検討すべき論点が浮かび上がってくるのではないだろうか。

連載『パキスタンの産業人材育成の現場から』

筆者が実務の現場で関わってきたパキスタンのアパレル産業の事例を基に、製造業の産業開発に関連するテーマを従来の理論や最近の議論の潮流に照らし合わせながら掘り下げていく。その中で、現場目線や裨益者目線での開発課題、筆者が現地で直面した葛藤や苦悩にも触れていきたい。今後、人材育成、雇用と労働の分野を中心に、以下のテーマを順に取り上げてみたい。

  1. パキスタンの産業人材育成の現場から
  2. 複数のドナーによる複数の省庁にまたがる分野の開発支援
  3. 技術人材育成
  4. 輸出促進と中小企業・ビジネス振興
  5. 「働く」ことの価値
  6. 労働者保護と社会保障
  7. 女性の雇用促進

[1] 外務省. 2018. 2017年版開発協力白書.

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