パキスタン

新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(前編)

商業繊維省と製造組合による半官半民の職業訓練校にて実施されているファッションデザイン授業の様子。より業界ニーズに合った技能・技術人材を輩出できるよう、2016年からJICAが技術協力を実施している。©AYA FUJITA
第一回『パキスタンの産業人材育成の現場から』に引き続き、パキスタンの繊維・アパレル産業を事例として、産業開発において求められる民間と政府の役割、産業振興・産業人材育成の戦略的政策づくりを考察する。

パキスタンの成長を握る繊維・アパレル産業

パキスタンは、西はアフガニスタンとイラン、北は中国、東はインドと国境を接し、南はアラビア海に面する人口1億9,540万人の国である。農業と繊維産業が盛んで、特に原綿の生産量は世界4位。繊維産業の規模はGDPの約10%、総輸出額の約50%を占め、製造業従事者の約40%を雇用する重要な産業である[1]。原材料である原綿から、綿糸、綿布、タオルやベッドシーツなどのホームテキスタイル製品、ジーンズやポロシャツなどのアパレル製品まで、一国で一貫した生産が可能で、中間加工品も既製品も世界各地に輸出されている。既製品は、誰もが知る有名なスポーツメーカーやアパレルファストファッションブランドの商品として、私たち消費者の手に届けられている。

民間主導か政府主導か

一般的に繊維・アパレル産業では、労働者、製造企業、商社、企画・販売企業が主役でありながら、産業組合、労働組合、管轄する官公庁まで、幅広い主体が関わっている。新興国の中・小規模の製造輸出企業は、政府に補助金政策や技術支援を大きく期待している。たしかに、パキスタンの中・小規模のアパレル製造輸出企業に抱えている課題を尋ねると、独自での市場調査やマーケティング調査にかけられる余力がない、資本市場での資金調達や設備投資も困難である、といった意見があがる。さらに、OEM生産企業はODM生産を開始したくても企画や商品開発・デザイン開発のノウハウが乏しいという[2]。では、政府はこれらの課題に対してどこまで介入して解決していくべきものなのだろうか?

業界団体が強い権力を持って産業を牽引する国もある。今や世界一のアパレル製品輸出国として知られるバングラデシュを見てみよう。製造輸出組合のBangladesh Garment Manufacturers & Export Association (BGMEA)は、4,296工場、のべ440万人の労働者を代表する一大業界団体である。同国では縫製産業が輸出総額の81%、GDPの15%を稼ぎ出すだけに、BGMEAの政府への影響力や発言力も大きい。このような業界団体が貿易実務、輸出奨励金の獲得、政策提言や免税措置へのロビー活動、会員企業への情報提供、展示会や販促などの営業活動、職業訓練活動、最低賃金等の監視等、幅広く役割を果たすまでに成長している[3]

比較すると、パキスタンのアパレル産業ではニット製品の組合や布帛製品の組合といったように業界団体が細分化されて一つ一つの団体規模が小さい上に、大手企業はあまり組合活動に積極的でない。その結果、業界団体はバングラデシュほど強大な権力を持たず、活動も活発ではない。極端に言えば、政府からの支援を一方的に要求する、受け身なフリーライダー的企業が多いように見受けられる。

対照的な二カ国を比較した上で先に提起した問いに戻ると、政府は産業を育てるのではなく、産業が育つ環境づくり、すなわち民間主体が自律的に発展していけるため土壌作りの支援にフォーカスした方が良いと考える。政府による公的支援の必要性は、貿易協定や関税交渉などの貿易政策やハード・ソフト両面での輸出インフラ基盤整備などの政府が本来担う役割以外は、企業の自律的発展と産業の成熟化と共に収斂していくべきである。その代わりに、政府はこの一大産業がグローバル市場で生き残り、勝ち抜いていくための中長期の戦略的な産業政策策定に注力していくことが望ましい。パキスタンにおいても、政府の役割は幼稚産業(ともすると衰退産業)の支援から積極的な戦略づくりへの転換期にあるように思われる。

戦略的な政策づくりで連携プレーを発揮できるか

パキスタンのアパレル産業を事例にして考察すると、発展途上の輸出志向型産業が競争力を伸ばすには、大きく分けて輸出促進と人材育成の二つの面で政府が戦略的な政策を打ち出していくことが重要なように思われる。その戦略的な政策づくりと実行に欠かせないのが、旗振り役のオーナーシップと推進力、そして幅広い民間主体と複数の関連省庁の参加と連携だ。

アパレル製品の輸出促進政策の面では、業界を俯瞰できる立場の商業繊維省が長期的な方針を打ち出した上で民間が主導していくのが望ましい。例えば、マーケティング政策では、グローバルサプライチェーンの枠組みの中で、マクロ視点で自国製品の最適なポジショニングを分析し、売り先市場の多様化を目指す。この戦略づくりと実行については、売り先市場の調査は企業組合が率先して担当し、有望な売り先市場での展示会情報収集や展示会に出展する費用補助、国内での展示会やB2Bでのビジネスマッチングといった仕掛けは民間の要望に基づいて貿易開発庁側が支援するなど有機的な官民連携が不可欠である。特にソフト面での輸出促進の主役は民間企業であり、商品・デザイン開発、市場・マーケティング調査、営業活動などは民間主導で進め、ノウハウと経験値を業界に蓄積することで、足腰の強い産業と成長していく。パキスタンでは、官民連携によるマーケティング戦略策定プロセスがようやく動き出したところだ。

同様に、人材育成政策においても官民連携は鍵になる。産業ニーズ、突き詰めるとグローバル市場が求める製品の生産や販売に必要な技能・技術人材育成を行なっていくには、コンピテンシースタンダード[4]が整備され、常にアップデートされていく必要がある。つまり、実践的な基礎技能・技術を身につけさせる役割を担う職業訓練校でのカリキュラムや指導が、グローバル市場の需要、戦略的政策、そして現場の製造企業側の需要に合致したものでなくてはならない。さらに、アパレル製造輸出企業や専門商社のマネジメント層や洋服のデザイナー等のニッチな人材は必要になった時にすぐに輩出できるわけではないため、大学・高等教育機関や専門教育機関とも長期的なビジョンと求める人材像が共有されているべきである。

最後に、課題をまとめると、このように新興国での一大産業の振興と産業を担う人材育成には、官民一体となった戦略的な政策づくりが急がれる。主管省庁には、「プロデューサー」のように全体像を描き、共有し、とりまとめ、推進していくだけの力強いオーナーシップが求められる。「連携」は言うは易しだが、新興国の国々の官公庁間や官民の間において、日頃から積極的に行なわれているとは言い難いのが実態である。

次回『新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(後編)』では、今回取り上げた課題に対する最近の国際機関やドナー各国による産業開発支援を概観し、今後の課題と展望をまとめたい。

連載『パキスタンの産業人材育成の現場から』

筆者が実務の現場で関わってきたパキスタンのアパレル産業の事例を基に、製造業の産業開発に関連するテーマを従来の理論や最近の議論の潮流に照らし合わせながら掘り下げていく。その中で、現場目線や裨益者目線での開発課題、筆者が現地で直面した葛藤や苦悩にも触れていきたい。今後、人材育成、雇用と労働の分野を中心に、以下のテーマを順に取り上げてみたい。

  1. パキスタンの産業人材育成の現場から
  2. 新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(前編)
  3. 新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(後編)
  4. 輸出促進と中小企業・ビジネス振興
  5. 「働く」ことの価値
  6. 労働者保護と社会保障
  7. 女性の雇用促進

[1] 外務省. 2018. 2017年版 開発協力白書「日本の生産性向上のノウハウを伝える パキスタン アパレル製品の付加価値向上のためのKAIZEN」.
[2] OEM(Original Equipment ManufacturingまたはManufacturer)とは、委託者のブランドで製品を生産すること、または生産する受託業者のこと。これに対し、ODM(Original Design ManufacturingまたはManufacturer)とは、委託者のブランドで製品を設計・生産すること、またはそれらを行う受託業者のこと。OBM(Original Brand ManufacturingまたはManufacturer)の段階になると、自社ブランドを企画・設計・製造し販売する段階になる。
[3] 小島正憲. 2016. BGMEA・GMAC・MGMA.
[4] コンピテンシーは職種の職能、コンピテンシースタンダードは職能水準を表す。

THE POVERTIST 2018年9月1日号

新興国の挑戦 2018年9月1日号 好況が続く世界経済は、中所得国を高所得国へ押し上げただけではなく、多くの低所得国を中所得国へ「卒業」させた。「中所得国の罠」で語られるように、中所得国は特有の新しい挑戦に立ち向かわなければならない。

THE POVERTIST 2018年8月1日号

残された課題 2018年8月1日号 暗い影を落とした金融危機の記憶はとうの昔に人々の脳裏から離れ、好況に沸く世界経済の恩恵を多くの人々が笑顔で迎えている。経済成長が貧困削減を推し進め、広がる格差に歯止めを掛ける政策は後手に回っている。

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