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結核、マラリア、顧みられない熱帯病の根絶を目指して-UNDPと日本政府の取り組み

Photograph: UNDP/J.SCHYTTE
Photograph: UNDP/J.SCHYTTE

みなさんは「顧みられない熱帯病 (NTDs: Neglected Tropical Diseases)」をご存知でしょうか。NTDsとは、熱帯・亜熱帯地域を中心に世界149か国で蔓延している疾患群のことで、世界保健機関(WHO)は現在17の疾患群をNTDsとして認定しています。  NTDsは特に1日1.25ドル未満で生活している世界の最貧困層の10億人(ボトム・ビリオン)に深刻な健康被害をもたらすと言われています。日本でも昨年、70年ぶりにNTDsの1つであるデング熱の国内感染者が発見されました。デング熱は過去50年間で、全世界の発生率が30倍に増加したとも言われており、NTDsは今、新たな注目を浴びています。

この流れは2015年9月に採択された持続可能な開発目標(SDGs)にも反映されています。目標3「あらゆる年齢のすべての人の健康的な生活を確保し、福祉を推進する」のターゲット3.3では「2030年までに、エイズ、結核、マラリア及び顧みられない熱帯病といった伝染病を根絶すると共に肝炎、水系感染症及びその他の感染症を対処する」としています。ミレニアム開発目標では3大感染症であるエイズ、結核、マラリアに焦点を当てていますが、SDGsでは「顧みられない熱帯病(NTDs)」を根絶対象の感染症の1つとして改めて明記しています。というのも、NTDsの発生はエイズやマラリアと重なっているサハラ以南アフリカに集中しており、NTDsに感染するとHIVに感染し易くなるだけではなく、3大感染症の症状が悪化するとも言われているからです。つまり、これらの地域でNTDsを、エイズ、結核、マラリアと共に根絶すれば、より多くの命が助かる可能性が高まることを示唆しています。

ではどうやって、この重要な問題に取り組めば良いのでしょうか?それは、結核、マラリア、NTDsのための医療薬やワクチン、診断機器などの新規医療技術を「研究開発(Research & Development: R&D)」し、発展途上国が治療を必要としてる患者のためにその新規医療技術に「アクセスし、供給する (Access and Delivery)」枠組みとなる保健システムを強化することです。この研究開発とアクセスと供給の問題は、コインの裏と表のように切っても切れない関係です。例えば、デング熱のための新薬が開発されても、それを受け入れる発展途上国の薬事関連の法律や制度、薬の安全性を確認する技術、適切な価格に設定する方法、新薬を運ぶための物流チェーンなどを含む保健システムの様々な体制が整っていなければその新薬を取り入れることができないためです。つまり、研究開発とアクセスと供給の側面の両方を同時に支援する必要があり、このコインの両側に取り組んでいるのが、まさに国連開発計画(UNDP)と日本政府なのです。

 

結核、マラリア、NTDsのための医療薬やワクチン等の研究開発支援プロジェクト

まず研究開発(R&D)のプロジェクトの話をしましょう。2012年、130万人の人々が結核にかかり、マラリアで失われた命は60万人を超え、その多くがアフリカの子供達だったと言われています。しかし、医薬品やワクチン等の研究開発には莫大な費用がかかるため、市場規模の小さい結核、マラリア、NTDsのための新規医療技術の研究開発は積極的に行われてきませんでした。1975年から2004年の間に承認された新薬の総数は1556でしたが、そのうちNTDsや結核といった開発途上国の感染症向けに開発された新薬はわずか1.3%。 しかし、その状況は2000年後半から徐々に改善していきます。2008年に開催された北海道洞爺湖サミットではNTDsの感染者に支援をする宣言がなされ、 2012年には「顧みられない熱帯病に関するロンドン宣言」が採択されました。 この流れを受けて、欧米を中心に、開発途上国のための新薬開発、臨床研究、製品化に特化した医薬品開発パートナーシップ(PDP)が誕生します。日本では2013年4月にグローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)が日本発の官民パートナーシップとして日本政府、UNDP、製薬会社、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の支援のもと設立されました。GHIT Fundは結核、マラリア、NTDsのための新規医療技術の発見と開発(R&D)の促進を目的としており、世界初のグローバルヘルスR&Dに特化した基金と言われています。 GHIT Fundはこれまで、新規結核ワクチン候補となるウィルスの開発や結核に対する化合物探索研究、マラリアワクチンの臨床開発やマラリアに対する化合物探索研究、住血吸虫症感染症治療に関する小児製剤の開発、デングワクチンの開発、リーシュマニア症予防のためのワクチン開発、シャーガス病のための新しい治療薬開発など様々なR&D活動に従事しており、 近い将来これらの新薬の製品化が切望されています。UNDPは日本政府の拠出金のもと2013年4月から5年間の予定でGHIT FundのR&D活動を資金提供の面から支援をしています。

 

新規医療技術のアクセスと提供に関するパートナーシップ・プロジェクト

一方、受け入れ側の保健システムを強化する「アクセスと提供」のプロジェクトですが、こちらは2000年代以降、結核、マラリア、「顧みられない熱帯病 (NTDs)」のための医薬品・ワクチン・診断機器などの新医療技術が徐々に開発されてきているにもかかわらず、低中所得国がそれらの新医療技術にアクセ スし、治療を必要とする患者に提供する力は依然脆弱であることが実証されています。この課題に取り組むべく、UNDPは2013年4月から日本政府の拠出金(約17.4億ドル)のもと、プロジェクト・パートナーである熱帯医学特別研究訓練プログラム(TDR)とイノベーションによる国際保健を推進する非営利団体「PATH」と協働し、「アクセスと提供に関するパートナーシップ (ADP: Access and Delivery Partnership)」 プロジェクトを5年間の予定で実施しています。  TDRはWHOを拠点にUNDP、WHO、国連児童基金、世界銀行の共同スポンサーの下、開発途上国に蔓延するNTDsやマラリアなどの研究開発や教育訓練事業を行うために設立された事業です。  また、PATHは米国シアトルを拠点とした国際NGOで、グローバルヘルス分野においてワクチン、医薬品、診断機器、イノベーションに関するシステム、サービスなどを促進する活動に従事しています。

このプロジェクトでは、パイロット国であるガーナ、タンザニア、インドネシアを中心に低中所得国で新医療技術へのアクセスと供給に関する一連のプロセスに携わっている行政機関担当者の能力向上を支援しています。特にADPでは以下の分野に重点を置いて活動しています。

  1. 新規医療技術のアクセスと提供を促進するための法律及び政策の枠組みの強化 (UNDP担当)
  2. 新規医療技術に対する各国固有のニーズ、利用者の視点を把握するための疫学調査能力の強化 (TDR担当)
  3. 医薬品の有害な作用または医療品に関する安全性監視能力の強化(TDR担当)
  4. 新規医療技術の商業化、価格設定、供給と融資に関する科学的根拠に基づく意思決定能力の強化 (PATH担当)
  5. 新規医療技術を含む、医療サプライチェーンのシステム強化(PATH担当)
  6. 2020年までに市場に参入することが見込まれる、結核、マラリア、NTDsのための開発過程にある医療技術の分析 (UNDP担当)

今回はUNDPが担当している重点分野1についてご紹介します。

 

UNDPの取り組み:新規医療技術のアクセスと提供を促進するための法律及び政策の枠組みの強化

低中所得国で新医療技術のアクセスと提供を促進するためには、まず、法律及び政策の整備が重要です。例えば、医薬品の輸入また国内生産を行う場合、医療産業政策から国家薬事政策、競争法などの関連法律や政策が一貫して人々の健康への影響を考慮する「公衆衛生」の観点を取り入れる必要があります。UNDPではこの公衆衛生の観点からこれらの法律や政策の見直し、また関連省庁の調整・連携業務を支援しています。例えばガーナでは、保健省主導による国家薬事政策のドラフト策定を支援しています。国家薬事政策はガーナの製薬産業における中長期目標の策定及び評価に関する指針を示すものであり、ガーナ政府が有効で安全な医薬品を適切な価格で患者に提供するために大変重要な政策です。ガーナ政府は現在、UNDPの支援を受け、政策実施のための予算見積もり、モニタリングと評価計画、コミュニケーション計画を策定中です(詳細はADPウェブサイトのブログ記事をご参照ください)。

また、UNDPは地域レベルでの南南協力も推進しています。2015年4月、エチオピアでアフリカ連合と共に新規医療技術のアクセスと技術革新を促進するためのワークショップを実施しました。  このワークショップでは、アフリカ12か国の保健省、法務省、経済産業省、科学技術省、外務省など関連省庁の政府担当者に加え、国連機関、大学・研究機関、国際NGOなどから計120人が参加しました。ワークショップでは、薬事関連の法律や政策が一貫して公衆衛生の観点を取り入れることの重要性を認識し、各省庁が協力していくことの大切さを理解しました。ワークショップの最終日には各国の行動計画を作成し、現在各国がそれぞれの計画に沿ってフォローアップをしています。

UNDPは今後もガーナ、タンザニア、インドネシアを中心に、地域レベルでの南南協力を進めていく予定です。2016年1月にはタイで開催されるPrince Mahidol Award ConferenceでADPのサイドイベントが実施されます。この会議には国際保健分野の世界的有識者や政府・コミュニテイ関係者ら約1000人が集る予定で、ADPのサイドイベントではパイロット国の省庁関係者がそれぞれの国で実施されているADPの活動について報告する予定です。  ガーナ、タンザニア、インドネシアの関係者に加え、テクニカルパートナーであるタイの関係者も一同に集まる初めての機会となるこのサイドイベントに筆者も参加し、どのような南南協力の機会が生まれるか、見守る予定です。

 

顧みられない熱帯病 (NTDs: Neglected Tropical Diseases)

国際保健機関(WHO)が認定するNTDsは、デング熱、狂犬病、トラコーマ、ブルーリ潰瘍、フランベジア(イチゴ腫含)、ハンセン病、シャーガス病(アメリカトリパノソーマ)、アフリカトリパノソーマ(睡眠病)、リーシュマニア症、条虫症・嚢虫症、メジナ虫症(ギニア虫症)、エキノコックス症、食物媒介吸虫症、リンパ系フィラリア症(象皮病)、オンコセルカ症(河盲症)、住血吸血症、土壌伝播蠕虫感染症の17の疾患群。

 

UNDP本部政策・プログラム支援局・エイズ、保健と開発グループ 吉村麻美

国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所ウェブサイトより転載

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