ヨーロッパ・中央アジア

中央アジアにおける新たな風

はじめに

6月は中央アジアのカザフスタンで大統領選挙が行われ、新しい大統領が選出されました。選挙の前後でカザフスタンの民衆の中で新しい動きがあり、今後の行く末が注目されます。キルギスとタジキスタンでは、それぞれの首都でロシアと中国の二大大国が参加する大きな国際会合が開催されました。会合を通して、中国が「一帯一路」戦略を通して、中央アジア地域及び他のアジア地域への関与を拡大していく様子が観察されました。ウズベキスタンでは、初の女性上院議長が誕生し、女性のエンパワメントで新しい動きがみられました。名古屋とタシケントが新しいパートナー関係を構築し、日ウズベキスタンの新しい関係が始まっています。今月は中央アジアの新しい風をお届けしたいと思います。

カザフスタン大統領選挙と民衆の動き

Photograph: Isabelle Kirsch

2019年3月に、独立以来28年間に渡り大統領として君臨したナザルバエフ前大統領の突然の辞任を受けて、カザフスタンでは6月9日に新しい大統領を決める選挙が実施されました。結果は、ナザルバエフ前大統領の辞任後に、代行執行者として第二代大統領に就任したトカエフ大統領(前上院議長だった同氏が憲法上の規定で大統領に任命された)が下馬評通り、得票率約70%を獲得して圧勝しました。なお、投票率は77.4%といわれています(有権者数1,195万人、現在カザフスタンの人口は約1,800万人) 。

今回の選挙における特徴は2つあります。1点目は、立候補者9名のうちの1名がカザフスタンの大統領選挙の歴史で初となる女性の候補者となったことです。野党アク・ジョル党のダニヤ・イェスパエヴァ氏が初の女性立候補者でした。これは、将来カザフスタンの大統領に女性がなる可能性があるということを世間にアピールすること、つまりは、ナザルバエフ前大統領の長女ダリガ・ナザルバエヴァ上院議長(トカエフ氏の後任で任命)が次期大統領になりえるための試金石としても見られています。

もう一点目は、今回の得票率にあります。トカエフ氏の得票率約70%は一見高いように見えますが、カザフスタンの過去の大統領選挙に比べて、相対的にはかなり低くなっています。過去の3回の大統領選挙(2005年、2011年、2015年)におけるナザルバエフ前大統領の得票率は、それぞれ91%、95%、97%とかなり高い数値となっています。また投票率についても過去3回は、それぞれ77%, 89%、95%となっています。トカエフ氏の勝利自体は予想通りの既定路線ではありましたが、ナザルバエフ前大統領のように絶対的なリーダーとしての地位は揺るいでいるように見えます。

今回の選挙では、場外で民衆の動きが過去の選挙と大きく異なる現象もありました。選挙投票日には、首都ヌル・スルタン(旧名アスタナ)、アルマティ、シムケントの3大都市でボイコットを呼びかけた運動家やそれを取材していたジャーナリスト等、約500名が警察機関に拘束されるなど、政府に対する一般国民の不満が顕在化しており、これは過去例を見なかった現象です。カザフスタンにおける民衆の動きが表面化してきていること、そして今後この動きが、トカエフ新大統領による体制移行期の中でどのようになっていくか、今後も状況を見ていく必要があります。

上海協力機構(SCO)ビシュケク首脳会合

6月14日にキルギス共和国の首都ビシュケクでSCO首脳会合が開催されました。SCOは今や、ロシアと中国という2大大国が中央アジア諸国そして、近年加盟したインドとパキスタンという南アジアを包摂する地政学的に大きな経済・軍事ブロックとして関係が強化されつつあります。また裏を返せば、インド・モディ政権が本プラットフォームを通じて中央アジア地域への関与を強化しているとも読めます。

4月に、中国は北京で第2回「一帯一路」国際協力サミットフォーラムを開催して、国策である「一帯一路」イニシアチブを通してアジアからアフリカ、中近東、欧州までの世界中の国々とのインフラネットワークの構築・整備を通じて、外交関係を強化しているさなかですが、SCO会合は、まさに中国がユーラシア大陸の西側国境に位置する中央アジア諸国との関係を一層強化するプラット―フォームとなっています。今回の会合でさらに強化されたと言えます。

ビシュケクでのSCO首脳会合の直後に、タジキスタンの首都ドゥシャンベにて、第5回アジア相互協力信頼醸成措置会議(Conference on Interaction and Confidence-Building Measures in Asia: CICA)という国際会合が開催されました。ビシュケクでのSCO会合に参加した多くの首脳がそのままドゥシャンベに移動して会議に参加しています。つまりは中国の習大統領、ロシアのプーチン大統領を筆頭に中央アジア5ヵ国の大統領が移動して、そのまま会議を続けたことになります。

CICAについては、実は1993年に発足した多国間協力組織で、 カザフスタンのナザルバエフ前大統領がアジア全域の相互協力と信頼醸成を目的とする地域フォーラムとして設立を提唱したことに始まったものでした。正規加盟国は26か国・地域で、オブザーバーには日本を含む7か国・4機関(国連やアラブ連盟など)があり、西アジア、中央アジア、南アジア、東アジアだけでなく、ロシアまで含みかなり広域な性格を持つ組織です。日本ではあまり知られていない組織で、また報道も限られていたようです。

CICA首脳会合では、SCO同様に、より多くのアジア諸国が参加していることもあり、再び中国が「一帯一路」戦略を推進する絶好の機会となっていたように見えます。中国としてはSCOとCICAのホスト国である中央アジアのキルギスとタジキスタンとの経済協力を中心とした関係強化を図り、同時にアジア地域全体におけるリーダーシップを強化する機会になったと言えるでしょう。

ウズベキスタンで初の女性議長誕生

中央アジアで2016年に体制移行がなされたウズベキスタンへ話を移したいと思います。6月21日にウズベキスタンで史上初の女性上院議長が誕生しました。タンジラ・ナルバイェバ副首相兼女性コミッティ議長が今回上院議長として選出されました。

国連開発計画(UNDP)が毎年発行する人間開発報告書(HDR)の2018年版で、ウズベキスタンは世界160ヵ国中、Gender Inequality Indexにて、57位となっています。なお、カザフスタン43位、タジキスタン69位、キルギス91位となっています(トルクメニスタンは対象外)。世界的に見て、ウズベキスタンの指標はそこまで低い数値ではないかもしれません。しかしながら、政府や組織における女性のリーダーについては、中央アジア諸国では、まだまだ進んでいないのが実情です。ウズベキスタンは体制移行の中で様々な改革を進めており、今後もジェンダー促進や女性のエンパワメントが向上することが期待されます。

タシケントと名古屋の新しい関係

Photograph: Daniel Mennerich

最後に、ウズベキスタンと日本の新しい関係について言及致します。筆者は6月16日、名古屋にて開催された「Nagoya Meets Tashkent」というイベントにスピーカーとして参加してきました。ウズベキスタンの首都タシケントと名古屋は2019年3月にパートナー都市協定を提携しています。もともとは、名古屋大学が、ウズベキスタン独立後から長年に渡り、法整備分野において支援を行ってきており(最近では行政手続法の起草や制定を支援)、交流が非常に深く、多くのウズベキスタン留学生が在学し、卒業後は、母国で政府や各界で活躍していることが今回の関係に影響を与えたようです。また、名古屋は、2020年東京五輪及びパラリンピックにおけるウズベキスタンのホストタウンとなっています。

さて、冒頭のイベントには約300名を超える市民が参加しました。ウズベキスタンを舞台として撮影された前田敦子氏主演の映画『旅のおわり世界のはじまり』の上映開始直後のイベントということで注目度が高まっていたように思います。ウズベキスタンはUNESCO文化遺産に登録されているシルクロード文明を通して栄えたサマルカンド、ブハラ、ヒヴァという美しい観光資源を擁し、近年注目度が高まっています。また、2018年2月に日本に対して査証免除を開始したことでこれまで以上に観光地としての関心が高まっている最中にあります。名古屋からタシケントには今年チャーター便も開設されるということで、このような機会を通して日本から1人でも多くの方が歴史遺産や東西文明の十字路であるウズベキスタンを訪問し、日本とウズベキスタンの関係が深まっていくことを期待しております。

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