カンボジア

カンボジアにおける貧困と脆弱性-バイクタクシーの不運

Sleeping Moto Driver in Phnom Penh (Photographed in 2009 by Ippei Tsuruga)
Sleeping Moto Driver in Phnom Penh (Photographed in 2009 by Ippei Tsuruga)

夕刻 5時に仕事を終えると、いつもと同じようにプノンペンの西の空は真っ赤に染まっていた。東南アジア独特の夕焼けである。私はいつものように職場を出て、階 段をゆっくり歩いて降りる。乾季のカンボジアの風は清々しく頬を伝い、入り口から吹き込む風を感じながら、ゆっくりと降りる。これが仕事の後にはたまらな く気持ちが良いのだ。そして外で待っているモト(バイクタクシーのこと)に声を掛ける。そこまではいつもと同じだった。

歩み寄ってきた馴染みの運転手の様子が、どこかいつもと違う。足を引きずりながら、歩み寄ってくる。お互いがお互いの言葉を理解しない中でも、彼が怪我を していることは想像するに容易い。それ程不自然な歩き方をしていたのだ。それでも「家まで送っていく」というので、「大丈夫か」と聞き返す。「事故を起こ した」という彼に見せてもらった足は、一目で骨折とわかるほど陥没していた。彼のすねにある拳ほどの大きな凹みは、見ていて実に痛々しかったが、結局その まま送ってくれた。

しかし、バイクは止まるときに必ず片足をつかねばならない。そして二人乗りのバイクを折れた片足で支えるのが如何に辛いか、見ていてもわかる。しかし、彼 はそれから毎日働き続けた。もちろん病院には行っていないのだろう。足を引きずりながら毎日送ってくれた。夕方だけでなく、日中もずっと働き、客を送り迎 えしていたのだろう。なぜそこまでして働くのだろうか。熱意?人情?いや、違う。

彼の収入はおそらく一日10ドル前後。彼らバイクタクシーの運転手に日当なんていうものは無い。彼ら自身で客を見つけ、送り迎えし、そこで直接運賃を手に する。つまり、俗に言う非正規労働者(Informal Workers)である。彼らは一旦働くのを止めてしまえば、収入がゼロになる。それ故多くのバイクタクシーはおそらく土日も働いているのだろう。実際に 近所のバイクタクシーの運転手たちは毎日そこにいる。

話を戻そう。そのバイクタクシーの運転手は、病院に行かず、そしてそのまま働き続けた。なぜか。それは単純に、彼が家族を養っているからだろう。一日仕事 を休めば家計全体として10ドル失うこととなる。これは低所得層にとって非常に大きな負担となる。ましてや病院に行くことは到底できないし、考えもしない のだろう。

しかし、その対価も大きい。医学の心得は全くないのではっきりとは言えないが、彼の怪我の程度を見れば、自然治癒の限界を超えているような気がした。つま り、足が外を向き、歩行に障害が出るほどの大怪我が後遺症として今後残ってしまう恐れがあるはずだ。病院へいかなかった(いけなかった)ことの”つけ”は その後の人生に大きな障害を残すことになったのかもしれない。そしてその障害は、長期的には収入の減少を引き起こすこととなるかもしれない。

こうした日常の中に潜む危険。そういうものは常にどこかに眠っていて、ある瞬間に「ふっ」と現れて脅威となる。日本社会でも同じだ。しかしこれが途上国の低所得層だったらどうだろうか。

彼のような非正規労働者の数は、カンボジア全労働人口のほとんどを占める。そして貧困層のほぼ100%が非正規労働に従事している。それ故、貧困削減を達 成するためには、彼らの病気や怪我あるいはその他の様々な危険(リスク)を軽減する仕組みを作る必要がある。今まさに貧困状態にある人々を救うだけが、貧 困削減とは言えないのである。

ちなみに、こうした仕組みは英語でSocial Protectionという言葉で表される。邦訳すると、社会保障・保護となるのだろうが、実際には意味合いが異なる。日本で、あるいは日本の開発援助で 社会保障というと、障害者・高齢者保護といった視点・プロジェクトが多いようだ。しかし、ここでいうSocial Protectionの焦点はもっと貧困層にある。貧困層の生活リスクを軽減することで彼らを貧困から守るあるいは脱出させる手助けをする。そうした『貧 困削減ツール』としてSocial Protectionは有効であるのといえる。

こうした視点で社会保障・保護を考える専門家はまだ日本にはあまりいない。そして、当然、そうした視点やプロジェクトは日本の援助には見受けられない。し かし、この仕組み作りの有用性は既に世界各地で証明されているし、社会保障システムはどんな国においてもいずれは必要となるものである。それ故、貧困削減 政策と組み合わせて、これらに取り組むことはまさに一石二鳥といえるのである。そして日本がその重要性を認識し、実施することはとても大切なことなのであ る。

しかし、煽るように、まだ日本にこうした視点を持つ人は少ない。だからこそ、社会保護政策をツールとして使う「貧困削減専門家」が必要であり、私はそこを 目指すのである。また、別の記事でSocial Protectionと貧困削減の関係については詳しく書きたいと思う。

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