タイ

コーンケンのゲストハウスからノンカイへ鉄道の旅

A tuk tuk in front of a guest house
A tuk tuk in front of a guest house

東南アジアレポート 5-コーンケンのゲストハウスからノンカイへ鉄道の旅

2007年11月11日 Nong Khai (Thailand)

寝る前に開けておいた窓からは、耳障りな目覚ましの音が聞こえてくる。通りに面したこのゲストハウスでは、ニワトリや野鳥たちの声が朝を告げるのではなく、原付のエンジン音が朝を知らせてくれる。それでも朝7時30分まではしっかりと眠り、昨夜から9時間以上は寝ている。どこへ行ってもどんな状況でもグッスリ眠ることができるのは、大切な能力だと最近よく思う。

フランス人のオリビアがコーヒーを飲むというので先に外に出て涼んでいると、トゥクトゥクのドライバーが店の前にバイクを止めた。「ははぁん。商売しにきたな。」と思いながらニヤニヤしてながら見ていると、案の定、彼はレストランで朝食を取り始め、オリビアが出ようとすると、すかさず出てきて自分のトゥクトゥクへ誘導した。結局、オリビアのバックパックが巨大だったので、彼が全額50Bを払い、相乗りさせてもらうことにした。しばしば、ガイドブックには 「値段交渉すべき」と書かれているものの、実際には現地のドライバーの間でだいたいの値段は決められているようで、この街では50Bだった。

僕ら2人は次の街Nong Khai行きのチケットを35Bで買い、列車を待った。そこでイタリア人バックパッカーと出会うこととなった。20代半ばのオリビアと比べると彼はもう少し年が上のように見えた。30代だろうか。イタリア西部出身の彼はオリビアとフランス語で話し始め、フランス語をこれっぽっちも理解しない僕にとっては 少々溶け込みにくい空気が流れた。

My first guest house
My first guest house

日本人は白人には必ずと言ってよいほど、英語で話しかけようとするけれど、ユーロ圏の人はフランス語かドイツ語をよく使っているイメージがある。英仏西語は どれも似ているらしく彼らがそれらを習得するにはそれ程時間がかからないこともニュージーランド時代によく聞いた話だ。逆にアジア人が上手に英語を話しているのを聞いた彼らが、「どうやって習得したんだ?」と驚く場面が多かった。彼らにとってアジアの言語は全く未知の世界だそうだ。

A woman driver with her daughter
A woman driver with her daughter

定刻より1時間遅れて電車はホームに入ってきた。それまで線路上でゴミを漁っていた痩せこけた野良犬もそのときばかりはさすがに避難する。ここから先は3等列車に乗る。椅子も硬く、エアコンもない。朝から25度を由に超えるこの国の列車内は完全に蒸し風呂状態となる。窓を全開にして列車は田園の中を突っ切っ ていく。もうそこには大きなビルなど一つも見当たらない。あるのはどこまでも果てしなく続く緑の風景だけだった。

From a back seat of a tuktuk
From a back seat of a tuktuk

3時間ただただ同じ風景の中を走ってきた列車もいよいよ終点のNong Khai駅へ到着した。オリビアとイタリア人はその街に2泊するといい、「ビエンチャンで会えるといいね」とお別れを言い、街へ消えていった。この街はタイ東北部に位置し、ラオスとの国境を越える人がよく留まることで知られている。トゥクトゥクのおばちゃんと話していると、この時間に到着する旅行者は、たいてい国境へ向かうようだった。だから、「バスターミナルへ行く」と言い張ったときには少し変な顔をされたものだ。このドライバーは10歳くらいの娘を連れていて、お客を捕まえると娘もバイクの後部座席に飛び乗る。女手一つで育てているのだろうか。

A local restaurant in Nong Khai
A local restaurant in Nong Khai

街の中心部にあるターミナルについた後、昼食を地元のレストランでとることにした。日本の昔のイメージに近い。お世辞にもキレイとは言えないテーブルと椅子が薄暗い店内に並べられ、小さな扇風機だけが30度の暑さを和らげてくれる。正面扉の無い店頭で料理は作られ、その食欲をそそる匂いは、客と同時に大量のハエをも呼び込む。こうした小さな大衆食堂は家族経営であることが多く、店の奥にはオーナー家族の生活が垣間見られる。そこには昼休みの残り時間を気にするOLや午後の会議時間を気にするサラリーマンもいない。この殺風景な店構えが作り出す雰囲気は「急ぐ」ことを拒絶する。それはどこか僕を懐かしめる。朝から晩まで「効率」を追い求める日本社会が、どこかに置き忘れてしまった大切なものが、この小さな大衆食堂にはあるような気がする。

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