ラオス

タイ・ラオス陸路国境越え-バスで首都ビエンチャンへ

To the border by bus
To the border by bus

東南アジアレポート 6-タイとラオスの国境

2007年11月11日 Vientiane (Laos)

日も傾いてきた頃、僕はどこの国にもいなかった。昼食後に乗ったバスはタイとラオスの国境へ到着していた。全乗客は出国手続きを行うため一度下ろされた。タイの出国手続きを終えた後、ラオスの入管までは5メートルくらいある。だからその5メートルはどこの国にもいないこととなるのだ。このうまく表現できないワクワクが伝わるだろうか。実は今回の記事の一行目は、その時から決めていた。この生まれて初めての経験は表現しがたい感情を含んでいる。

しかし、こんなのんきなことを考えていたがために、生まれて初めて歩く国境を、僕は全力疾走で駆け抜けることとなったのだった。これまで空港から入国したことは何度かあったものの、歩いて国境を通過したことは無く、ましてや言葉も文字もわからないとなると、あたふたせずにはいられなかった。10人以上の長蛇の列の真ん中に僕は並んだ。5分くらいで僕の順番がきた。そこで言われた言葉は「出入国カードを書いて来い」だった。僕はもう一度列の最後尾に並ばねばならなくなってしまった。

こういうときはたいてい良くないことが立て続けに起こるものである。当然、このときも災難はこれだけでは終わらなかった。なんとかタイ側のゲートをくぐることができたのも束の間、ラオス側のゲートで止められ、「金を払え」と言われた。一瞬、「お、ワイロか?」と思い、少しドキドキしたが、どうやら入国税(とはいっても10B)を払わねばならないとの事だった。この間をずっと全力疾走していたのだから、かなり怪しい外国人として見られたと思う。先回りしていたバスには全ての乗客が既に待機していた。置いていかれずに済んだだけでも幸運と思った。

All of my luggage
All of my luggage

ラオスの首都ビエンチャンの中心部にバスは止まった。バスが止まるか止まらないかのところでトゥクトゥクのドライバーが窓をたたき始め、勧誘を始める。彼らの目はかなりよく、日本人や外国人を見つけるのはお手の物だ。バスを降りるとさっそく20歳前後のドライバーが「どこへ行く?」と話しかけてきた。忘れもしない嫌な思い出の始まりだ。

最初の数分間は全く無視して行き先もわからないのにわかっているようなフリをした。ニュージーランド時代の友達から色々とアドバイスしてもらった中に、「英語を話すやつを相手にするとろくなことが無い」というものがあった。今思うとまさにその通りだ。このとき既に夕方5時を回り、一刻も早く宿を見つけたかったのもあって、乗りたくも無いこのドライバーのトゥクトゥクに乗ることにしたが、結局3倍の運賃をとられたことに後で気付いた。初めての街では相場がわからないため、慣れるまでは損をするのが必死なのだ。

ガイドブックで見つけた宿に到着すると、ドライバーは「空き部屋があるか確認してこい」と自信ありげに言った。人気ゲストハウスだったため、空室が無いことを予想していたのだろう。実際にシングルルームは空いてなかった。だけれど、彼のトゥクトゥクに乗って追加料金を請求されるのも不甲斐ないので、「空き部屋あったぜー」って自信満々で言ってやった。彼はかなり不審そうに僕を見て、「まじか?」と何度も聞き返し、僕が本当にこのゲストハウスに入っていくかどうかを見届けながら元来た道を帰っていった。

彼を帰らせるために一芝居うった後、空き部屋のあるゲストハウスを歩いて探すことにした。しかし、どこもこの時間になると満室だった。ラオスで日本人はほとんどみなかったが、白人はかなり多く、なかでもフランス人が大半だったような気がする。結局、最初に入ったゲストハウスのツインルームを贅沢にも一人で借りることに決め、8US$を支払った。

メコン川沿いに設置された野外展望レストランで夕日を見ながら初めてのラオスでの夕飯をとり、その夜は床についたのだった。

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