ヨーロッパ・中央アジア

転換期に向かう中央アジア

はじめに

今回の連載を前に、この一ヵ月の間に中央アジアでは、地殻変動ともいえる3つの大きな出来事が青天の霹靂の如く起こりました。一番大きかったのは、カザフスタンで独立後史上初となる大統領の体制移行が行われたことです。また、ウズベキスタンではカリモフ前大統領の長女が贈収賄・資金洗浄の容疑で自宅軟禁から刑務所へと身柄を移される事態に移りました。3つ目の大きな出来事は、フェルガナ盆地と呼ばれる地域において国境を複雑に接するタジキスタン・キルギス間で、住民と当局が衝突し死亡事件に発展し、その後の国境地帯での緊張関係により、二か国間関係の悪化や地域安全保障に関する懸念が再発しました。

カザフスタンで史上初の体制転換

中央アジアのカザフスタンにて、独立後28年の間で、最初で最大級の体制転換が起こりました。初代大統領で1991年の独立から今日まで国家の象徴的なリーダーであったヌルスルタン・ナザルバエフ大統領が、3月19日、大統領の座を退任しました。2016年9月に隣国ウズベキスタンでイスラム・カリモフ ウズベキスタン初代大統領が逝去し、大きな体制転換が起こりましたが、それに続く、中央アジアのける大きな政治的転換です。

体制転換の前兆ともいえる事態は、約1か月前の2月21日に起こりました。その当時、ナザルバエフ前大統領は、国民生活の向上のために有効な社会政策を実施できていないとして、内閣を総辞職させる措置を取り、新閣僚人事と省庁再編を行い、アスカル・マミン元第一副首相を首相に任命しました。27日、前大統領は与党ヌル・オタン党大会を開催し、2030年までの政府による社会政策指針を表明し、国民の社会保障を向上するために今後3年間で53億ドルを投資する計画を発表し、そのまま事態は継続していくかに見えた矢先でしたが、本人による大統領辞職というニュースが世間を驚かせました。
カザフスタン大統領の職には憲法の規定に従い、現在の任期までカシム=ジョマルト・トカエフ前上院議長が務めることになりました。トカエフ氏は外相、首相、上院議長のほか、国連副事務総長(ジュネーブ国連事務局長)を経験し、外国語が堪能で、国際舞台でも活躍している人物です。ナザルバエフ氏からの信頼が非常に厚く、同氏が築き上げた国策や体制を今後も同じ路線で代行して運営するには適切な人物とみられています。なお、ナザルバエフ前大統領は、大統領職を辞任するものの、与党「ヌル・オタン」党首及び、安全保障協議会議長の要職には留任するため、今回の体制転換は、「院政」への移行として捉えられています。

なぜ、急にナザルバエフ氏が院政へ移行したのかという点については、隣国ウズベキスタンのカリモフ前大統領(在位1991-2016年)やトルクメニスタンのニヤゾフ前大統領(在位1991-2006年)が、長く君臨した後に、どちらも急逝により体制移行に繋がった経験を見ているからではないかと考えます。健康問題等が囁かれながらも統治を続けたカリモフ氏もニヤゾフ氏も急逝したため、体制移行は新しく君臨した大統領が新しいやり方で統治を進めました。その結果、前大統領達が築いた国家体制や権力は、必ずしもそのまま継承されるわけではなく、大統領一家や側近等への影響が大きく出たといえます。ナザルバエフ氏は自身も高齢で健康問題等も抱えているといわれており、急な体制移行ではなく、生きている間に、次の体制づくりを行いたいという意向で今回大きな決断を下した可能性があります。

次期大統領選挙は、来年2020年に実施予定で、巷では、ナザルバエフ氏の長女ダリガ・ナザルバエヴァ上院議長(トカエフ氏の後任で任命)や次女ディナーラ・ナザルバエヴァ氏の夫であるティムール・クリバエフ商工会議所「アタメケン」会頭等が挙げられています。2020年の選挙までしばらく時間があることから、トカエフ新大統領による政権運営の行方やナザルバエフ前大統領の今後の動きは注目に値します。なお、今回の体制移行により、中央アジアにおいて独立後の第1世代の指導者が、タジキスタンのラフモン大統領を除き、全て交代しました。タジキスタンでは、来年の大統領選挙でラフモン大統領の長男が出馬する可能性もあり、中央アジアは、現在大きな政治体制の転換期にあるといえます。

なお、今回のカザフスタン大統領交代の折、ナザルバエフ前大統領の功績を大きく称えることを目的に、首都のアスタナが前大統領のファースト・ネームである「ヌルスルタン」へ改名されました。こちらは長く慣れ親しんだ首都の名称が変わるという意味で大きなインパクトがある事柄となりました。

ウズベキスタン前大統領の長女をめぐる動き

3月6日、カリモフ前大統領の長女グルナラ・カリモヴァ氏が、自宅軟禁に関する決まりを破ったため(許可なしで外出やインターネットを利用する等)、刑務所へ身柄を移行されるというニュースがメディアを賑わしました。カリモヴァ氏は、全盛期は政治的野心を有して、次期大統領候補とみなされる次期もありましたが、2014年頃から自宅軟禁に置かれていたといわれています。また、海外企業によるウズベキスタン携帯市場参入を巡る裏取引で贈収賄・資金洗浄の罪に問われていました。2017年にタシケント検察当局に10年間の禁固刑を言い渡され、その後5年に刑期が縮小されていました。

報道によると、米国司法省がカリモヴァ氏は、計875百万ドルに及ぶ不正取引を行ったとしている。また、彼女はフランス、米国、スイス、アラブ首長国連邦、ロシアなどにも不動産を有しているといわれています。前体制下にて、持ち前のカリスマも影響し、権力と巨額の富を築き上げながら、前カリモフ大統領存命中の2014年に突如表舞台から姿を消し、その後は自宅軟禁に置かれていること以外はあまり大々的な報道はなされなかったが、体制転換後は、不利な立場での報道が続いている印象にあります。一時期は歌手(Googooshaという歌手名)として米国のビルボード・トップ100入りも果たしたほどの人物ですが、今後の行く末に注目が集まります。

フェルガナ盆地における衝突再燃

中央アジアにはフェルガナ盆地といわれるウズベキスタン、タジキスタン、キルギスの3か国が複雑に国境を接する地域があり、この地域では、独立後も国境の未画定問題や飛び地による住民移動や住民間関係による衝突が常にリスクとして存在しています。3月13日、キルギスとタジキスタン国境地域にて、暴力的な衝突が発生し、タジキスタン人2名死亡、キルギス人3名が負傷する事件がメディアを賑わせました。
今回衝突が起こったのは、キルギス国内にあるタジキスタンのヴァルーフ(Vorukh)と言われる飛び地に隣接する集落でした。キルギス南部のバトケン州に隣接するタジキスタンのソグド州からキルギス領内を通り、飛び地であるヴァルーフに向かうタジク人が今回、キルギス領内の道路を渡って移動している際に、キルギス住民との衝突が起こり、住民間同士での石の投げ合いからはじまり、国境警備隊による銃の発砲にもつながったといわれています。また、キルギスがタジキスタン本土ととヴァルーフの間にヴァルーフへのアクセスを邪魔する幹線道路を建設していることにタジキスタン側が不安を持っていたことも要因にあるといわれていますが、どちら側から今回の事件が勃発したのかは定かではないようです。今回の事件発生後、キルギスのジェニシュ・ラザコフ副首相が現地入りし、調停・和解交渉に入っていた最中にも銃の発砲が続いたといわれており、事態はエスカレートしてもおかしくない状況だったといわれている。

独立後、複雑な国境地帯では、水資源や土地の権利等をめぐり住民間での衝突が多かれ少なかれ、大規模であれ、小規模であれ、根本的な政治解決がないまま続いてきたのが現状である。小さい紛争はたびたび起こっていましが、今回のように死亡者を出す衝突はしばらくなかっただけに、タジキスタンとキルギス間での遺恨を残す事件となってしまいました。また、国境未画定問題が続く限り現地住民間では土地や水資源を巡り争いが起こるリスクは今後も続き、今回の事件はフェルガナ盆地の安全保障リスクを露呈する形となりました。

キルギスにおける最近の動向

2月27日と28日の2日間にかけて、ジェエンベコフ・キルギス大統領主催により、地方開発に関する国家対話(National Dialogue on Regional Development)が開催されました。会議には、国連や世界銀行等の国際機関や開発援助関係機関に加え、全国の地方政府関係者の多くが出席しました。現政権においては、地方開発は最重要開発課題として位置づけられています。キルギスは2040年までの国家開発戦略2018-2040を制定しており、また、2019年は、地方開発とデジタル化の年( Year of Development of the Regions and Digitalization)としたことにあわせて、今回の会合を開催したとみられています。ジェエンベコフ大統領は会議にて、地方開発の取り組みはキルギスの国家や領土の一体性という意味で重要であり、地方の市民にとって生活向上は最優先課題である」ことを強調しました。

会議では、主に政府、国際機関、ドナー等からプレゼンテーションがなされ、地方開発の方向性を様々な視点から議論する機会となりました。具体的には、経済、教育や保健などの社会サービス、農業、産業開発、若者や女性ジェンダー等の様々な視点で地方開発の課題に如何に取り組んでいくか、政府の施策、援助機関側の支援の方向性等を合わせて確認する機会となりました。興味深い点としては、前政権時代の重要施策であったTaza Koom (キルギス語でSmart countryの意)は、現在はデジタル化・電子政府作りという言葉に置き換えられ、現政権でも重要政策としても残っている点です。今回の会合でも情報通信技術の導入による政府内行政手続きの簡素化や市民への社会サービスの効率化などの方向性が地方開発の文脈でも強調されました。

キルギスでは、2019年2月セーフシティ・プロジェクト(Safe City Project)が本格的に開始された。具体的には、首都ビシュケクや国内の重要幹線道路の主要な交差点に監視カメラを設置するというものです。

交通当局によると、2月12日から28日の2週間で、設置された監視カメラ機材により18,600件の交通違反が記録された。現時点では、現場で取締りされなかった場合、交通違反を犯した運転手に対して罰金を貸すためのレターの発出はないとのことです。3月4日以降は、速やかに交通違反の罰金を支払った運転手に対しては、罰金の軽減措置が導入されるといわれています。現地で交通安全を専門にするNGOによると、運転手のうち、約61%がシートベルトを着用しているとのことです。シートベルト違反も現在の取り締まり強化の対象となっています。当局によると2018年の統計は、5,995件の交通事故が発生し、支社は716名、けが人は9,160名と報告されています。

キルギスが現在進めるセーフ・シティの取り組みは、次の目的があると考えられます。1つ目は、従来より慢性化していた交通警察による市民への嫌がらせ(証拠なしに交通違反として運転手を止めて、不当に賄賂を要求する行為等)を防止すること、つまりは汚職対策です。監視カメラによる交通違反取り締まりは、証拠に基づく正当なものであり、市民を正当に処罰することを補助することになります。これは、交通警察による汚職を防ぐことにつながります。実際は、正当な交通違反取締りによる罰金が増えることで、政府の収入源強化に繋がることを最も期待しているかもしれません。しかし、その場合に、正当に徴収した罰金が政府の金庫に正しく納入され、市民の行政サービスのために活用されることがキルギスの最も重要な課題と考えます。

プーチン・ロシア大統領のキルギス訪問

3月28日、プーチン大統領がキルギスを公式訪問しました。首都ビシュケク市内は、数日前から厳戒態勢に入り、空港から市内への幹線道路や市内の主要道路は、警官の集中的な配置や警備体制の強化、市内のロシア・キルギス国旗の飾りつけ、そして大々的な市街地の清掃などが行われ、キルギスにとって重要なパートナーであるロシアの国家元首を迎え入れる体制が整えられました。

プーチン大統領訪日を前に、ジェエンベコフ・キルギス大統領は、キルギスにおけるロシア語の地位を公用語のままとすることを明言しました(キルギスではキルギス語が国語の地位にある)。公式訪問の成果として、17の経済ビジネス、教育、保健、資源、都市間協力等に関する協定が締結され、金額ベースでは60億ドル相当に上ると報道発表されている。

ロシアが2012年からカントに駐留している空軍基地の貸借に関して新たな合意が取り交わされました。ユーラシア経済連合(EAEU)の枠組みにおける今後の連携、また今年キルギスがホスト役を務める上海協力機構(SCO)や集団安全保障条約機構(CSTO)に関する今後の方向性などについても二ヵ国間で話し合いが行われました。2020年は、ロシア・キルギス協力の年となることも発表されました。また、プーチン大統領はキルギスの政治・経済が安定していることを評価しました。今回のプーチン大統領の訪日は、キルギスにとってロシアが最重要パートナーであることが改めて確認される機会となる象徴的なイベントとなりました。

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