ヨーロッパ・中央アジア

中央アジア・フェルガナ盆地における現状と課題-キルギスの視点を中心に

はじめに

2019年は1999年のバトケン事件からちょうど20年の節目の年となり、中央アジアは諸国が独立から28年目を迎えた年である。バトケン事件とは、キルギス日本人誘拐事件のことを指しており、1999年8月にキルギスの南部バトケン州の山中にて金・銅鉱床の地質調査を行っていた日本人鉱山技師4人及び通訳らが誘拐された事件のことである。誘拐された日本人4名は、当時の国際協力事業団(現在の独立行政法人国際協力機構:JICA)から派遣された人々で、最終的には2か月後の1999年10月に全員無事に解放されているが、この事件が日本における中央アジア、強いて言えばフェルガナ盆地と呼ばれる地域におけるセキュリティーリスクを見直す大きなターニングポイントとなった出来事である。

フェルガナ盆地とは中央アジア地域の中でウズベキスタン、タジキスタン、キルギスの3ヵ国にまたがるシルダリア中流域にある盆地である。フェルガナ盆地は周囲をほぼ完全に山地で囲まれており、面積約2万 2,000キロ平方メートル、標高は320から1,000メートルである。歴史的に中国との交易路にあり、8世紀にアラブ、13世紀にチンギス・ハーン、14世紀にチムール帝国などに侵入・征服された歴史を擁し、その後は帝政ロシア、旧ソ連の影響を受け、歴史の中で多くの文明が興亡した地域でもある。フェルガナ地域は中央アジア地域で最も人口密度が高い地域の一つで、ウズベキスタンのアンディジャン、フェルガナ、ナマンガン、コーカンド、タジキスタンのホジャンド、キルギスのオシュなどの現代でも重要な都市が多く存在する。

上述のバトケン事件は、イスラム過激主義組織であるウズベキスタン・イスラム運動(Islamic Movement of Uzbekistan: IMU)により行われたものである。フェルガナ盆地は周囲を山々に囲まれている上、国境の未画定問題が合い絡まり、3ヵ国間の国境管理が厳密行き届かない不法地帯とも過去なっていた。更に、当時は中央アジア諸国が独立初期の最中、政府による治安のコントロールが十分に行えていない時期であり、また地形的にも過激主義組織の活動がしやすい環境にあったと言える。当時IMUは、ウズベキスタンのフェルガナ盆地を中心にイスラム国家の樹立をめざしており、当時バトケン州内のウズベキスタンの飛び地を回廊として拠点化を目指していたところであった。本稿では、現在のフェルガナ盆地地域における現状と課題を整理し、主にキルギス南部におけるセキュリティー上の課題をレビューし、対応策について検討する。

キルギス南部における国境地帯と飛び地の現状

Photograph: Tiphaine Mazon

キルギス南部3州(オシュ、ジャララバード、バトケン)は、このフェルガナ盆地でウズベキスタンとタジキスタンと複雑に国境を接し、バトケン州内には近隣国の飛び地が存在し、またウズベキスタン領内にもキルギスの飛び地が存在している。また、バトケン州のタジキスタンのソグド州と国境を接する地域は領域内の国境が複雑にひかれており、また未画定の地域(以後の碁盤目状に両国の領土が存在する)が多く、これら複雑な領土の境界に位置する村落では、国境の反対側のタジク側住民と未確定である土地や水資源を巡る対立が歴史的に存在し、また衝突リスクが高い状況に置かれている。特に2019年に入り衝突の頻度が高くなっており、住民間のレベルでは解決しえない状況を露呈している。国境の未画定問題を単に現地レベルで起こる紛争は、政治的な解決を必要としているが、両国間の土地・水を巡る資源の問題が合い絡まり、長年根本的な解決に至らず今日に至っている。

出典:The Jamestown Foundation

主な飛び地として通常地図上で確認できるものとしてキルギスのバトケン州内には、シャヒマルダン(Shakhimardan)、ソフ(Sokh)、ヴォルフ(Vorukh)の3つがある。シャヒマルダンとソフは、ウズベキスタン領でフェルガナ州の一部であり、前者は人口約5,500人で後者は人口約51,000人である。ヴォルフはタジキスタンのソグド州の一部であり人口約23,000人である。これら3つの飛び地はキルギスのバトケン州内に存在し、周囲をキルギスの領土に囲まれており、飛び地に入るには正式な通過ポイント(国境管理と税関)を経るが、すべての土地が明確に線引きされたり、柵があるわけではなく、目視ではどこが国境かは確認不可能な状況にある。旧ソ連時代は共和国としての境目としての国境は存在したが、1つの国であったため、国境線や碁盤目状に存在する国境地帯にて住民間での衝突などは起こることは少なく、異なる共和国の異なる民族間で比較的共生できる状況にあった。1991年の旧ソ連諸国の独立後は、不明瞭な土地や水資源の領有をめぐり住民間での対立が起こっており、現在では国境問題が原因で住民衝突が発展するリスクを恒常的に抱えている。

バトケン州内には、上記のほかにウズベキスタンの非常に小さな飛び地JhangailとQalachaが存在するが面積は3つの飛び地に比べると極めて限定的である。ウズベキスタンのアンディジャン州にはキルギスの飛び地であるバラク(Barak)が存在する。バラクは約600名の住民が済む小さな集落(面積868平方メートル)である。周囲を塀に囲まれており、検問所の通過が必要とされる。キルギス本国オシュから4キロ離れているが、ウズベク国境・領土を超えて移動する必要がありコミュニティは隔離されており、過去住民の移動に関して何度とウズベク・キルギス間で衝突している。

キルギス・ウズベキスタン国境の現状

2016年に誕生したウズベキスタンのミルジヨエフ政権下では近隣国との外交関係の強化を進めており、ウズベク・キルギス二国間関係の進展の中で国境の画定を重点課題の一つとしている。二か国間での国境問題を審議する委員会を設置し、過去2年間に多くの協議を重ねて、既に1,400キロを接する国境のうち85パーセントの未画定国境が合意されたと報じられており、2019年には国境の画定に伴い、既に上述のバラク地区を含めて、土地交換や住民移動などの具体的な国境画定化のプロセスが行われ始めている。

ウズベキスタンとの国境沿いは基本的に柵が設置されており、また緩衝地帯も設置されている(ジャララバード州、オシュ州沿い)ため、ウズベクとの関係で起こる問題はタジキスタンとの国境に比較すると少ない。しかし、キルギスのジャララバード州でウズベキスタンと国境接する領土にてウズベキスタンの軍事基地の活動などによるキルギス側住民への脅威などが発生する事案が発生することがある。また、ジャララバード州のKakansai地区におけるウズベク側による水資源(貯水池)の使用やソフ飛び地の農業用地の使用に関する取り決め等の交渉が残っており、両国は国境の画定に関する協議を今後も継続するとみられるが、状況が困難な地区に関しては長期的な時間を要する可能性がある。

キルギス・タジキスタン国境の現状

両国は976キロの国境を接しているが、472キロは未確定の状態が続いている(一般的に地図上では線になっているものの、どちら側のテリトリーとなっているか不明、さらには現地を訪問した経験では碁盤目状に土地の所有が分かれているような複雑な様相)。国境地域の住民は、常に土地や水資源を求めて、対峙する他国の住民と対峙する構造となっている。村ごとに状況は異なるが、街の真ん中の道路が国境、水路が国境、農地のど真ん中が国境かつ印はない、といった状況が多い。未画定イコール柵など印もないため、相手国の領土へ非公式な越境が常に行える状況で、これはフェルガナ盆地がアフガニスタンから中央アジアの通る麻薬の密売ルートになることに影響している。

2019年に入り、タジクとの国境未画定地域では村落部での衝突するケースが相次いでおり、近年最悪のケースと言われている。衝突の回数は、2019年9月時点で12件(Radio Free Europe)や40件(国連平和構築基金報告書)であり、近年において頻度が大幅に上がっている状況にある。両国は、衝突事件がある毎に大統領や外相等のハイレベル間での電話や対話を通じて事態の鎮静化や改善を図っているが、ウズベキスタンとキルギス間のような国境画定自体が進むような根本的な事態の解決策には至ってはいない。2019年7月のバトケン州Ak-Sai村とタジクの飛び地ヴァルフ近辺での住民衝突後に、事態の悪化を重く受け止めた結果、キルギスのジェエンベコフ大統領とタジキスタンのラフモン大統領はタジキスタンのソグド州イスファラにて国境地域においては初めてとなる歴史的な二か国間会談を行ってはいるものの、その後、再度衝突が起こっていることや国境画定に関する協議、つまりは政治的な解決が進んでいないことを考慮すると今後も継続的に衝突が繰り返される可能性が続くと考えられる。国境画定の協議が進まない背景に、両国が根拠にしている国境の境目がそれぞれ異なることが言われている。また、国境の境目を明確にしないことで、実質的にはどちらの国の住民もが領土や資源の帰属を主張できるような空白を生ませている。

一番直近の衝突は9月16日のバトケン州Leilek地区のMaksat村における衝突であり、住民衝突が国境警備兵の武器を使う事態となり、4名死亡、18名負傷し、直後に両国政府間で緊急会合を開き、その後現地の治安は回復しているが、住民間の不信感は募っている状況である。

3月に衝突が起きた碁盤目状の国境として象徴的なバトケン州Kok-Tash村は、タジク領のChorku地区となっているものの、実際はタジク領とキルギス領が混在する地区である。キルギスのバトケン市から幹線道路で移動する際に、キルギスがタジクより約40年間借用中というステータスの道路・橋区間20-30メートルの区間である。その道路を通行するところにタジク側住民が国旗を掲げたり、国境ポストを一方的に建設するなどの動きが今年に入りあったため、住民衝突が発生している。現時点では状況は安定しているものの、住民間の不信は慢性的に高まっている状況にある。

筆者作成地図:青い部分は、実際はキルギス領であり、フェルガナ盆地の国境を把握する上では、地図の利用には十分な注意が必要
タジキスタン・ソグド州Chorkuを通過するキルギスが借用中の道路・橋区間。キルギス側Kok-Tash村が終わる地点だが、その先の道路はキルギスが利用できる取り決めになっている。
キルギスKok-Tash 村・タジキスタンChorku村 (真ん中通りを挟んで左側がキルギス、右側がタジキスタン、特に目印などは存在しない領土が碁盤目状にある)
2019年9月に住民衝突が発生したバトケン州Leilek地区のMaksat村の幹線道路。道路がタジキスタンとの国境であるが、明確な境界は存在しない。写真右側がタジキスタン領。

南部地域における国際的な援助の動向

国際社会は、キルギス南部のオシュ州とジャララバード州では2010年のウズベク系とキルギス系の大規模な住民衝突の後においては、これら対象地域における安定やコミュニティの共生や和解に資する人道支援を国連や国際非政府組織(INGO)などが主導で行った経験を有している。現在は、大規模な衝突からすでに9年が経過し、現在では経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会(DAC)メンバーかつキルギスにおける政府開発援助(ODA)の主要ドナーである米、英、スイス、独を含めほぼ全ての援助機関やドナーが通常の開発フェーズとして通常の開発援助活動を展開している。米国は、オシュ州とジャララバード州の学校等には英語教師として多数の米国平和部隊(米国のボランティア制度)の隊員を派遣している。国連はバトケン州において、タジキスタンとキルギスの国境地域の村々や人々の関係を構築し、地域の安定を目指すべく、紛争予防・平和構築の事業を国連平和構築基金及びスイス政府による資金拠出により、タジク国境との地域開発を支援し続けている。国連の支援はキルギスのバトケン州とタジキスタンのソグド州で国境を接するコミュニティの両側から双方のコミュニティが相互互恵的かつコミュニティ間の関係を醸成することを原則として、Do No Harmの原則により支援を行うものである。両コミュニティ間の相互の置かれた状況を最大限に理解し、援助によって負の影響が出ないように慎重に実施することが必要とされている。英国国際開発省(DFID)がアガハーン財団に資金拠出して国連同様に、バトケン州のタジキスタンとの国境地帯のコミュニティ開発を行ってきた。

オシュ州の州都オシュには、国連のうち国連開発計画(UNDP)、国連児童基金(UNICEF)、国連ウィメン(UN Women)、世界食糧計画(WFP)が常設事務所を設置し南部での援助事業を展開している。バトケン州においてはUNDPのみが常設で事務所を構えており、国連平和構築基金のタジク・キルギスクロスボーダープロジェクト実施のためにFAO、WFP、UNICEFがプロジェクト実施のための人員を配置している。その他近年では、コミュニティ開発支援、防災・気候変動等の分野にて欧州安全保障協力機構(OSCE)、ACTED(仏NGO)、ドイツ国際協力公社(GIZ)、HELP Age(英NGO)、アガハーン財団、国境なき医師団(MSU)、国際赤十字等がバトケン州でプロジェクト実施のために活動している。

南部における紛争要因とセキュリティーリスクについて

1999年のバトケン事件の当時、フェルガナ盆地は山がちな地形と国境管理の行き届かない地域をIMUなどのイスラム過激主義組織が活発的に動いていたところ、援助関係者が十分なセキュリティーリスクを考慮せずに活動していたことが不幸な事件につながったと考えられる。バトケン事件後のウズベキスタン・カリモフ政権をはじめとするイスラム過激主義の殲滅・治安対策や各国による治安確保の努力により同地域で外国人が関連する事件は長年起こっていない。そのため、フェルガナ盆地におけるセキュリティーリスクに関しては、1999年の当時と異なり、イスラム過激主義等による治安よりは、キルギス領内で起こりうる民族衝突(20年に1回の頻度)、そして南部バトケン州のタジキスタンとの国境未画定地域におけるタジキスタン側住民との衝突となる。

キルギス南部のオシュ州とジャララバード州については、ウズベク系住民が多く居住し、過去1990年と2010年の2回に大規模な衝突を経験しているが、キルギス内に居住しキルギス国籍を有するウズベク系民族、南部では地域によってはマジョリティーであるが国全体としては少数派民族であるため、社会生活上の疎外性や差別感などはあるにせよ、日常的にはキルギス系始めた民族との間での表面的には大きな摩擦などはなく、安定している状況である。将来にわたって、突発的な政治リスクはないとはいえないが、通常の援助活動等を行う上では外国人への治安リスクは低いと言える。観光中の外国人がテロ等の事件に巻き込まれたこともない。登山中の外国人が足を踏み外し崖から落ちて死亡するような事故は起こりうる(2017年、サリチャレク湖近くの山中でイスラエル人2名死亡)。

キルギス南部のバトケン州においては、上述の通り、タジキスタンとキルギスが国境の未画定問題が解決しない状況が不明瞭な土地や水資源等を巡り住民間の衝突に発展するケースが続いており、現地住民間の衝突するリスクがある地域へは通行する外国人にとっても治安リスクはありうる。国連によるキルギス・タジク国境沿いの支援に関与した経験や近年や今年は言ってから発生している衝突の事例は、未確定な国境地帯における国粋主義の高揚と資源バランス(balance of resources)の均衡と大きく関係していると考える。未確定な土地を巡る所有権は独立国家に帰属する両国の対峙するコミュニティと住民間の国家をベースにした国威の発揚、そしてどちら側かが、土地や水の領有や使用のバランス関係に変化を加えることが紛争リスクに大きく影響を与えていると考える。

道路の通行ポイントとその碁盤目状に存在する領土をめぐるChorku・Kok-Tashにて住民衝突が発生する道路区間は上述の資源バランス・国威が影響する象徴的な事例と言える。キルギスのバトケン州の州都バトケン市より西方に移動する途中で、一時的にタジキスタンからキルギスが借用している道路区間は事態が起こっていない時には表面上は安全に見えるものの、住民間そして国家間の内面的緊張状態は続いている。そのため、同区間への外国人による移動は必要最小限にすることが治安リスクの回避につながる。

また、セキュリティーリスクを判断する際に、なおよく使用されることの多いGoogle Map等は、フェルガナ盆地の国境地域の区分に関して正確ではないことが多い。例えば上に掲載の地図タジキスタンのソグド州Chorku地区内にあるキルギス側から続く幹線道路の部分は、現地を訪問すれば明確にキルギス領であり、キルギス側からの道路の通行には問題は生じない。このように、キルギス南部のタジキスタンの国境地域のセキュリティーリスクを検討する際は、一般的にアクセス可能な地図を根拠とすること自体にもリスクがある。強いて言えば、フェルガナ盆地の国境地域は未画定地域が多いこと自体が住民衝突の原因でもあるが、利用可能な地図や国境に関する正確な理解を現地住民すらできていないことが問題でもある。同地域に関与するアクターはその点にも留意の上、援助活動やセキュリティーリスクの判断を行う必要性がある。

最後に、フェルガナ盆地特に、キルギスとタジキスタンの国境地帯において、現在そして未来において最重要であるのは、両国のリーダーによる国境画定化の合意を進めることである。国境の画定を両国間で進めることはできれば、国際社会はフェルガナ盆地の3ヵ国の国境地帯の社会・経済的開発を効果的に支援することができ、更には3ヵ国にまたがるフェルガナ地域の人々が国境による問題なく、相互互恵的に発展し生活するよう後押しできると考えます。3ヵ国の人々が交流・共生し、フェルガナ地域の平和と安定が確保されることは、アフガニスタンを含む中央アジア地域全体の発展に大きくつながると願っている。

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