カンボジア

民主主義は貧困の終焉か?

photo credit: ethan.crowley via photopin cc
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以前に、『民主主義は少数民族を守れるか?』という記事中で、民主主義の少数民族に対する葛藤を取り上げた。実は、これは「民主主義の本質」と「途上国の貧困問題」の関連を考えるための材料として、とても興味深い。

「民主主義=多数決」

つまり、民主主義とは、人数の多いグループが政治を仕切ることができる仕組みのことを言う。しばしば、「少数派に議論の余地を与えるのが民主主義の本質」という意見はあるが、それはあくまで建前にすぎない。妥協点を探ろうとするが、最終的に多数者が押し切ることのほうが多い。その結果として、先住民に不利な立法が行われたり、援助の優先順位が下がったりすることもあるのだろう(上述記事を参照)。

開発援助における民主主義の重要性は不動のものとなっているが、では、『民主主義=貧困の終焉』なのだろうか。

実は、カンボジアにも先住民がいる。特に北東部のラタナキリ州やモンドルキリ州などは居住区として有名だ。同時にこれらはカンボジア国内でも最も開発の遅れている地域であり、貧困率も52%(住民の2人に1人以上が貧困層)と極めて高い。そして、教育の水準も低く、とりわけ女子の就学率は低い。

これが、原住民の伝統を守るべく手付かずのままにした結果なのか、少数民族という理由で故意に開発の後回しにされた結果なのかは定かではない。しかし、事実として貧困削減のスピードが遅れている。

ILOなどは少数民族の土地を守るべく、法的な策を彼らに教えたり、生産性向上プログラムを行うなど、積極的にそれらの民族の生活を保護、向上させようとしている。また、少数民族、とりわけその女子の教育向上を狙った奨学金プログラムも実施されてきた(条件付現金給付: Conditional Cash Transfer (CCT))。こうした努力を考慮しても、貧困率は20%も他地域より高い。

果たして、民主主義は貧困の終わりを見るのか。

大きな課題が残っているように見える。ただ、一つ言える事は、「民主主義は貧困削減に効果的だが、完璧ではない」ということかもしれない。これを忘れると、少数集団が貧困の闇の中に取り残されることとなってしまう。

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