バングラデシュ

好況と21世紀のおしん

皆さんは「おしん」を覚えているだろうか。1980年代に平均視聴率が50%を超えたNHK朝の連続テレビ小説だ。明治時代の終わりごろ、山形県の貧しい9人家族の小作農家に生まれた娘の物語である。

長く続いた凶作で家族の人数を減らさないと共倒れをしてしまう状況に追い込まれた父親は、7歳のおしんを口減らしのために丁稚(でっち)奉公へ出す。そんなおしんが下積みの生活に耐え、苦労しながら困難を乗り越えて成長してゆく姿を描いたストーリーは、日本だけでなく世界68カ国で放送され強い共感を呼び、深く人々の心に影響を与えたといわれている。

おしんが少女の頃から100年余りの年月が過ぎ、世界は近代化を達成して人々の暮らしは大きく改善されているはずなのに、今、あのおしんが生きていたのと同じような状況がバングラデシュの貧しい農村に残っている-と聞いたら驚くだろうか。

今年3月、私がバングラデシュの首都ダッカから国道を3時間ほど北北西に向かったタンガエリという町を訪問した時のことである。

現地のNGOで貧困や格差問題などに正面から取り組むSSSの職員らに案内されてDomestic Child Education Center(丁稚奉公の子供に教育の機会を提供する学習塾とでも訳せば分かりやすいだろうか)の一つであるアクルタクール・パラ学習塾を訪れた。

この学習塾はSSSが独自の資金(特にマイクロクレジットの貸し付けなどで得た利益の一部を社会福祉事業に還元している)で借りている20畳ぐらいの一室で、SSSは塾の先生の給料や教科書・ノートなどの教材も無償で提供している。そこでは主として口減らしのために親から半ば強制的に丁稚奉公に出された10~15歳ぐらいの25人の子供たちが熱心に勉強していた。

タンガエリ地区だけでも10カ所にこうした学習塾があり、合計で250人余り(約6割が女の子)の子供たちが自発的に志願して勉強していると説明を受けた。

衣食と住む所は提供されているが、それ以外は毎月500円程度の小遣いのみで給料や休日もなく、朝から晩まで家事の手伝いや店の下働きなどをしているこの子供たちは、学校にも行かせてもらえない。午後3時~5時の2時間、唯一空いた時間帯に、ここに来て勉強するという。SSSは優秀な子供たちに高校や大学に進学できる機会を提供し、こうした配慮が子供たちの勉強意欲をさらにかき立てているようだ。

年間GDP成長率が8%に届きそうな勢いで経済発展を続けるバングラデシュ。それと対照的な丁稚奉公に出された貧しい家庭の子供たち。この中から21世紀のおしんが生まれるかもしれない。

この記事は新潟日報に掲載されたものです。

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