国際

エビデンス活用をめぐる研究者と実務者の関係性について

国際開発業界で、「エビデンス」や「エビデンスベースト(evidence-based)」、「ランダム化比較試験(Randomized Control Trials: RCT)」や「インパクト評価」といった言葉が使用されるようになってかなりの年月が経った。アカデミアではRCTなどの手法を用いた政策的介入のインパクト評価が普及しており、国際開発に関するエビデンスは急速に蓄積されている[1] 。しかし、開発効果の向上のための「エビデンスに基づく実施(Evidence-based Practice)」が提唱されて久しい昨今でも、エビデンスが実務に十分に活用されているとは言い難い。その主な理由として、①実務者が欲しいと思うエビデンスがない、②エビデンスがあっても結果の解釈や応用可能性の見極め、論文の取捨選択が難しい、③エビデンスではなく政治的な要因や慣習、経験、勘などによって意思決定されてしまう、といったことが挙げられるかと思う[2]。 本稿では、①と②の理由にフォーカスして、最近の議論や取り組みを紹介したい[3]

Shah et al.(2015)は、国際開発分野でエビデンス活用が進まない状況に鑑みて、研究者が知識創造のために実施するインパクト評価をKnowledge-focused evaluationと呼び、実務者が必要としている実務における意思決定に主眼をおいたDecision-focused evaluationと区別している。既存のエビデンスの大半を占めているのは前者のタイプであり、実務者がほしいと思うエビデンスが存在しないのも、エビデンスがあっても活用が困難なのも、そもそもエビデンスを作った動機が異なっていることに由来していると考える。

Figure: Glennerster. 2018.

これと関連して、Rachel Glennerster氏[4]は開発政策へのエビデンス活用をテーマとした基調講演の中で、研究者と実務者の行動様式の違いに言及し、良好なパートナーシップを築くために双方に対する提言を行った(右図)[5]

行動様式の違いについて、特に着目したいのは研究者が新規性を重視しているという点である。RCTが珍しくなくなった現在では、もはやRCTを用いて因果関係を実証するだけでは学術的に評価されない(つまり、高いレベルのジャーナルにアクセプトされない)ので、今後はメカニズムの解明や新規性のある実証デザイン、測定を伴う分析などに研究者の関心が移っていくことが予想される。そうなるとますます実務者が欲しているエビデンスとの乖離が広がっていくのではないかと危惧している。このような研究者の行うKnowledge-focused evaluation自体は開発経済学の科学的な発展に寄与するという点で価値あるものに違いないが、残念ながら今現在課題に直面している実務者の助けになるものではないだろう。

ただ、上述のRachel Glennerster氏同様に、J-PALInternational Initiative for Impact Evaluation (3ie)を始め、さまざまな組織がエビデンスの活用を促そうと活動し、研究者・実務者双方に働きかけている。その中で、研究者と実務者の関係については、コミュニケーションや信頼関係の重要性が言及されていることをしばしば目にする[6] 。エビデンスに基づく実践は一度やれば終了というものではなく、エビデンスは意思決定する際に絶えず必要になるものなので、研究者・実務者双方ともに散発的な関わり方をするのではなく、長い目で見て付き合っていくことが重要で、その積み重ねが開発効果の向上、ひいては開発課題の解決につながると考える。

近年、国内の官公庁でも「エビデンスに基づく政策形成(Evidence-based Policy Making: EBPM)」をキーワードに、エビデンスを活用する取り組みが始まっている。国際開発分野の経験は国内のこのような動向に大いに参考にされると考えられるので、こういった外部効果を含め本分野でのエビデンス活用が意義深いものであることを最後に指摘し、今後エビデンス活用に拍車がかかることを期待したい。

参考文献

Glennerster. 2018. Evidence in Policymaking. CSAE Conference 2018 Keynote Speech material.
Sabet & Brown. 2018. Is impact evaluation still on the rise? The new trends in 2010–2015. Journal of Development Effectiveness, 10(3), 291-304.
Shah et al. 2015. Evaluations with impact: decision-focused impact evaluation as a practical policymaking tool. 3ie Working Paper 25. New Delhi: 3ie.
青柳恵太郎. 2017. 途上国開発分野におけるエビデンスの活用. RIETI EBPMシンポジウム「エビデンスに基づく政策立案を推進するために」報告資料.
浅岡浩章. 2016. 国際開発分野におけるエビデンス活用の現状と課題. 日本評価研究, 17(1), 19–32.


[1] Sabet & Brown(2018)によると、途上国においてインパクト評価を実施した論文の数は2015年9月までに4,000を超え、2010年以降に出版された論文はそのおよそ3分の2を占めている。
[2] 国際開発分野におけるエビデンス活用の課題についての詳細は、青柳(2017)や浅岡(2016)を参照のこと。
[3] ③の理由にはほとんどの実務者が同意するところと思うが、エビデンスは他の要素に取って代わるものではなく、補完的な役割を果たすものであることを主張したい。国際開発の分野に先行して始まったエビデンスに基づく医療(Evidence-based Medicine)では、治療にあたり、エビデンスとそれ以外の患者の臨床状況や治療に関する価値観、医者の臨床経験のバランスを取ることが推奨されている。したがって、国際開発分野でエビデンスに基づく実践を根付かせるためには、まずは意識決定をする際にエビデンスがその拠り所の一つとして視界に入ってくるような意識を転換させる必要があるのではないかと考える。
[4] Abdul Latif Jameel Poverty Action Lab(J-PAL)の元Executive Director。現在英国国際開発庁(DFID)のチーフエコノミスト。
[5] 2018年3月に開催されたオックスフォード大学Centre for the Studies of African Economiesの年次カンファレンスにて。
[6] 例えば、Maybin. 2016. How proximity and trust are key factors in getting research to feed into policymaking.、Crawford. 2018. Cultivating partnerships between health care practitioners and researchers.、Glennerster. 2018. Evidence to practice: Building relationships is crucial.、Evans. 2018. How to Influence Policymakers. など。

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