国際

途上国での薬を巡る課題-医薬品アクセスと知財の関係

近年医学の進歩は目覚ましく、抗生剤を始めとする多くの薬によって人々はより健康的な生活を享受できるようになった。一方で、低中所得国と呼ばれる国々には、未だに財政的余裕がないために、多くの人が治療に必要な医薬品を手に入れられない状況に置かれている。

この医薬品のアクセス(低中所得国の人たちが医薬品を入手できること)と医薬品の値段の関係についてはもう20年以上も国際保健の分野で議論されているが、未だ十分な解決策がなく国際会議の度に、世界各国が議論を交わしている。

途上国側の主張はこうだ。先進諸国が販売する医薬品は不当に高い値段設定をしており、また不当に長い知財保護期間を設けているため安価なジェネリック医薬品の生成が進まない、そのため途上国の人たちは医薬品へのアクセスがないというものだ。一方の先進国側の主張は、医薬品の研究開発には莫大な年月と資金がかかる。投資をしたところで実際に市場に出回るのはほんの一握りの医薬品でしかない。従って、現在設定している価格は適当な値段設定であり、特許期間は投資した金額を回収するには必要な長さである。価格を必要以上に下げ、特許期間を短くすることは製薬企業の研究開発能力を削ぐものであり、長期的には新薬開発が進まず人類全体が損をするというものだ。この議論は両者平行のままで、未だに答えは出ていない。皆さんはどちらの立場に賛同できるだろうか。

遡ること1990年代、この頃世界ではHIV/AIDSが爆発的に流行していた。当時、HIVの治療薬として注目を浴びていた抗レトロウイルス(ARV)3剤併用療法は、一人当たり年間150万円以上、とても低中所得国に住む人が手の出せる価格ではない。各国政府の中には、自国で薬を製造して安価に販売しようとの試みもあったが、これを阻んだのが世界貿易機関(World Trade Organization: WHO)が参加各国に参加を強制していた、「貿易関連知的財産権協定(TRIPS協定)」である。このTRIPS協定は、知的所有権を守る特許制度を国際的に推進するものであったが、次第にこのTRIPS協定が公衆衛生に負の影響を与えていると大きな批判にさらされることとなった。

結局、2001年に「WTOの各加盟国は、国民の健康が危機にさらされた場合、医薬品の特許に関して強制実施権[1]を発動することができること、国民の健康上の危機に関する判断は各国がその主権に基づいて自ら判断できること」を定めた「ドーハ宣言」が採択された。

このドーハ宣言の採択により、世界で1,500万人以上の人がエイズ治療にアクセスできるようになるなど一定の成果があった。一方で、近年はWTOという従来の枠組みに加え、TPP等の様々な貿易枠組みが登場しており、その都度医薬品のアクセスと医薬品の知財保護やそれに伴う医薬品価格は常に議論にのぼる。

HIV/AIDSの流行を契機に始まったこの議論だが、近年では他の感染症や生活習慣病対策にも同様の議論が拡大されている。機会があればぜひ、WHO等の資料を見てもらいたいが、あらゆる文章で、”access to medicine”や”TRIPS”という言葉が出てくる。どうすれば医薬品のイノベーションを衰えさせることなく、一方で薬を必要とする人たちに公平に医薬品を届けることができるのか、未だグローバルヘルスの大きな課題である。


[1] 一定の条件を満たしていることを前提に、当局に申請しそれが認められれば、特許権者の承認を得ることなく、当該特許技術を使うことができること。これにより、特許保護期間内の医薬品であっても強制実施権が認められれば、ジェネリック医薬品の生産・販売が可能となる。

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