パキスタン

新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(後編)

繊維商業省の会議室。多くのプロジェクトがこの場所で署名されて生み出される。JICAプロジェクトでは、この場所がステークホルダーが一堂に集うプラットフォームとなる。
前回の『新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(前編)』では、産業政策づくりにおける連携の課題を取り上げた。後編では、取り巻く国際機関やドナーも加えて調整の課題を整理し、意義と解決策について提言したい。

ロードマップ不在の中、繊維・アパレル分野で乱立するドナー・援助機関による支援

パキスタンの経済・貿易を支える繊維・アパレル産業に対しては、国際協力機構(JICA)、アメリカ国際開発庁 (USAID)、ドイツ国際協力公社(GIZ)、欧州連合(EU)、韓国国際協力団(KOICA)による二国間援助機関から、国際労働機関(ILO)、国連工業開発機関(UNIDO)、国連開発計画(UNDP)、世界銀行(World Bank)といった国際機関まで、実に様々な機関が技術支援や資金援助を実施している。

ところが、このパキスタンの繊維・アパレル産業の開発支援には当事者である受益国とドナー・援助機関一同が共有しているべき包括的な支援計画・指針、いわゆる「ロードマップ」が不在のように見えてならない。政府の明確な方針がないがゆえに、繊維・アパレル産業の技術人材育成ひとつとっても、ILOが独自のカリキュラムを開発しているそばでGIZが国家カリキュラム委員会を実施パートナーとして公定カリキュラムの改訂に取り組んでいる、といった現象があらゆる現場で見受けられるのである。

その原因の一つとして考えられるのは、主役であるはずの受益国によるオーナーシップの欠如である。ドナー・援助機関による支援を受益国の関係省庁が管理しきれていない状況がなぜ起こるのか。

まず思い浮かぶのは、実施パートナー(C/P)である関係省庁のキャパシティーオーバーだ。窓口になる関係省庁が主体的に予算や技術が不足している部分に支援を当てはめていき、目標管理や進捗管理を行うのが理想だが、現実にはドナー・援助機関からの支援の提案やアプローチをありのままに受容する状態になってしまうことも多い。ドナー・援助機関による支援を巧妙に効果的に使いこなすだけの外交力や課題分析力を有する有能な官僚は限られている。

さらに、パキスタンの繊維・アパレル産業の場合は、連邦政府と州政府という複雑な行政制度とビジネス振興ならではの公的支援の難しさもある。二国間援助の開発支援はその国の政府からの要請主義に端を発して実施されているとはいえ、ドナー機関によって実施パートナー(C/P)を連邦政府の省庁とするところもあれば、州の公的機関を相手にするところもあり、はたまたモデル企業を選定する等民間企業に対して直接的に技術支援を行うところもある。こうして多元的な支援が増えれば増えるほど、連邦政府の主管省庁と州政府、ドナー・援助機関間の調整や情報共有がより重要になってくる。

指針不在の原因は、支援を行う側にもある。私は、2015年6月から2018年6月の3年間、JICAプロジェクトチームの当事者であったが、自分から出向かない限り他の機関が実施しているプロジェクトとの調整の機会はなかった。もともとどの援助機関のプロジェクトも実施する規模、予算、期間、分野、アプローチは、個別の開発援助指針に基づいて設計されており、独立してプロジェクトを実施している傾向にある。各機関の事務所長レベルによるハイレベルな場での援助機関間の会合は定期的に行われているものの、セクター別のワーキンググループが機能しているかどうかはセクターにより、さらにプロジェクトレベルでの協調や調整は自発的な働きかけに依拠する。そのため、密に交流や情報交換を行う機関同士もあれば、担当者すら知らないプロジェクトもある。

その結果、活動や支援対象が重複しそうになったり、各機関が個別に類似したニーズ調査を行ったりといった非効率に繋がっている。これはどの産業開発支援でも多かれ少なかれ共通していると思われるが、受益国の産業構造や受益国関係者の役割や立ち位置を理解し、ドナー・援助機関が誰を対象に、どのような支援をしているかを踏まえ、ニーズギャップがどこに存在するかを一通り把握するまでには相当の時間がかかる。特に繊維・アパレル産業の場合、バリューチェーンやサプライチェーンを意識して各現場に足を運び確認をしていかなければ構造的な課題やその問題の根源を把握することはできない。かといって全てのドナー・援助機関が個別に類似の調査をしていると、訪問される生産工場や製造組合にとっても負担である。

プロジェクトレベルでの調整の取り組み事例

このような問題意識の下、JICAプロジェクトチームが行ってきた取り組みを三つ紹介したい[1]

一つは、マーケティング戦略づくりを通した主管省庁の能力強化である。繊維・アパレル産業の主管省庁である繊維商業省への能力強化は意外にも盲点であったようで、短期研修を除きどの援助機関も長期的な支援を行っていなかった。JICAプロジェクトチームは、生産現場で見聞きしたミクロレベルのケース課題から国際市場におけるパキスタンの立ち位置といったマクロレベルのトピックまでとことん議論し、共に分析をしてきた。活動を開始した頃は、JICAプロジェクトチーム側のリードやインプットに任せきりで消極的な態度であったのが、一年も経つと変化が表れてきた。例えば、立案したマーケティング政策を実行する立場である貿易開発庁を戦略づくりのタスクフォースメンバーとして加えてはどうか、戦略の柱の一つにIT技術の推進を入れてはどうか、といった実効性のある提案が出てくるようになった。長期的に寄り添って関わり、主体的に考えさせることで徐々にオーナーシップが醸成されてきたように思われる。

二つ目は、これまで繋がることのなかった多くの現地のアクター同士の関係構築である。JICAプロジェクトでは繊維商業省、製造企業組合、職業訓練校の三主体が実施パートナーであり、プロジェクトにサプライチェーンの幅広い関係者を巻き込めるのが強みであった。この強みを生かし、実施パートナーに加え、製造企業、バイヤーと呼ばれるブランド企業やソーシング企業[2]を一堂に揃え、生産側と販売側の両視点から戦略を作る官民連携のプラットフォームを構築することができた。他にも、職業訓練校の実施パートナーとデザイン教育を行っている専門学校や繊維技術大学の交流機会を創出した。意見交換を通じて、近い将来、業界に必要となるであろうデザイナーやR&D部門の人材育成など隠れていたニーズが見えてきた。

三つ目は、他のドナー・援助機関との積極的な情報交換である。自らプロジェクト担当者の方に仕掛けていって、お互いの案件紹介に留まらず、苦労している点は何か、本質的な課題をどう捉えているか、といった意見交換を行った。JICAプロジェクトの活動の範囲内では対応できない部分を他機関のプロジェクトで補えないか、また、活動による成果に付加価値を付けることができないかを模索した。

例えば、UNIDOが産業クラスター支援案件を開始しそうだと聞き、そのUNIDOの案件担当者と会合を持った。JICAプロジェクトチームが行ってきた人材育成ニーズ調査やマーケティング調査の結果や活動範囲外で手が届いていない領域を共有した結果、活動の重複を避け、互いに補完できる案件形成に貢献できた。

また、GIZプロジェクトとは、双方、活動内容の概要くらいは把握していたものの、その背景や進捗については知る機会がなかったため、双方のプロジェクトの理解を深めるべく初めて進捗共有会合を行なった。興味深いことに、製造工場での生産現場における「生産性向上」というアプローチ一つとっても、労使関係間でのダイアログの強化を目指すGIZプロジェクトチームと、生産管理や品質管理の技術力強化を目指すJICAプロジェクトチームでは根底にある考え方に違いがあることがわかった。さらに、会議の結果、パキスタンの職業訓練校で使用されるカリキュラム開発・改訂での協力の可能性が見出された。受益国も援助機関間も、活動の基盤となる考え方や哲学への理解あってこそ協働も成功するであろう。ちなみに、この会合はGIZ・JICA両方の裨益者となるパキスタンの実施パートナーが三者会議を発案してくれて叶ったものであった。このような自発的なイニシアティブはプロジェクトが取り組んできた実施機関の能力強化の賜物とも言えよう。

提言

以上の経験から、産業政策の舵をとる主管省庁には、前編で述べたように全体像を推進していくだけの力強いオーナーシップを持つ「プロデューサー」としての力、それに加え、「コーディネーター」としての関係省庁やドナー・援助機関を含め様々なステークホルダーを巻き込む力、そして最後に「ファシリテーター」としてステークホルダー全体が共有できるロードマップの策定やそのための合同評価・モニタリングといった協働の実施をリードしていく力を期待したい。

ドナー・援助機関側も、受益国の実施パートナーを中心にもっと頻繁にプロジェクトチーム同士の三者会合やその産業に特化したセクター会合を開いてはどうだろうか。実務者たちは、活動で多忙で余裕がないから、自分たちの活動や成果が目に見えるほどあまり進んでいないから、具体的な協働は現状考えにくいから、といった理由を並べ、頻繁に会議を持つことに遠慮しがちだが、実は他機関との信頼関係あっての意見交換や雑談の場から課題への突破口やヒントが見つかることが少なくないように思う。また、その産業に関係するドナー・援助機関全体が、セクター会合の場で主管省庁によるロードマップの策定に対して現状把握や関係者のマッピング等の作業を全面的に協力し、ロードマップに沿って各プロジェクトの成果や活動の進捗を共有していくことによって、全体の開発スピードを加速できるのではないだろうか。

このような実務者レベルでの調整が活発に行われることによって、支援の重複を防ぎ、今後の効果的な案件形成や活動の指針とし、複数の機関が強みを出し合って協働することによって付加価値を生み出す機会が増えることを望む。

乱立する支援事業

国際協力機構(JICA
2016年5月から技術協力を実施中であり、職業訓練を通した技能・技術向上、官民連携によるマーケット多様化、女性の雇用促進に取り組んでいる。

ドイツ国際協力公社(GIZ
コンプライアンス強化やカリキュラム開発・改訂といった職業訓練改革に取り組んでいる。

韓国国際協力団(KOICA
2011年から2013年にかけて、カラチ州で職業訓練校支援を実施している。

国際労働機関(ILO
2010年から2016年には、カナダ外務貿易開発省(DFATD)資金による繊維・アパレル分野も一対象とした女性の雇用促進及び技能向上、2016年から2022年まではEU資金による労働面・環境面における国際基準の遵守強化に取り組んでいる。

国連工業開発機関(UNIDO
2016年から2020年までEU資金により、アパレル産業も一対象産業として輸出志向型産業のクラスター開発支援を実施している。

国連開発計画(UNDP
2015年から2020年にかけて、ノルウェー大使館、人間の安全保障基金、UNDP、Telenor Pakistan、 USAIDの資金で、カラチ州、バロチスタン州、KP州での若年層雇用を促進しており、繊維・アパレル産業はその一大雇用吸収産業とされている。

世界銀行(World Bank
英国国際開発省(DFID)とともにパンジャブ州のPunjab Skill Development Fundに出資している。

連載『パキスタンの産業人材育成の現場から』

筆者が実務の現場で関わってきたパキスタンのアパレル産業の事例を基に、製造業の産業開発に関連するテーマを従来の理論や最近の議論の潮流に照らし合わせながら掘り下げていく。その中で、現場目線や裨益者目線での開発課題、筆者が現地で直面した葛藤や苦悩にも触れていきたい。今後、人材育成、雇用と労働の分野を中心に、以下のテーマを順に取り上げてみたい。

  1. パキスタンの産業人材育成の現場から
  2. 新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(前編)
  3. 新興国の一大産業、戦略の舵は誰がとるべきか(後編)
  4. 輸出促進と中小企業・ビジネス振興
  5. 「働く」ことの価値
  6. 労働者保護と社会保障
  7. 女性の雇用促進

[1] JICA. アパレル産業技能向上・マーケット多様化プロジェクト(2016-2020).
[2] ソーシング企業:小売・ブランド・メーカーといったアパレルの生産を必要とする事業者と生産側の製造企業を仲介する企業。

THE POVERTIST 2018年10月1日号

不平等と政治 2018年10月1日号 世界中が政治の年を迎えている。独裁体制が広がる東南アジア諸国。政治と経済がぶつかり合うアフリカ。私たちが携わる開発課題の多くは合理性だけでは動かない。政治的な駆け引きを経て妥協点が結果となって世に送り出される。国際開発の主役を民間企業が担う場面も多くなった。企業利益とモラルの戦いも熾烈を極めている。 THE …


THE POVERTIST 2018年9月1日号

新興国の挑戦 2018年9月1日号 好況が続く世界経済は、中所得国を高所得国へ押し上げただけではなく、多くの低所得国を中所得国へ「卒業」させた。「中所得国の罠」で語られるように、中所得国は特有の新しい挑戦に立ち向かわなければならない。

実務家の連載を募集します

THE POVERTIST編集部では、開発途上国の課題や政策に携わる実務家の連載を計画しています。業務を通じて携わる地域や開発課題について発信しませんか。

大学院生の連載を募集します

THE POVERTIST編集部では、開発途上国の課題や政策を学ぶ大学院生の連載を計画しています。大学院のコースワークの中で得られた知識やオピニオンをタイムリーに発信しませんか。

ご意見をお待ちしております

ご投稿が採用された場合は読者投稿欄「レター」に記事として掲載されます。投稿内容が記事下に自動表示されることはありません。

*