ミャンマー

ミャンマーとラオスの貧困は比較できる?

Photograph: Ippei Tsuruga

ミャンマーの貧困率とラオスの貧困率

Photograph: Ippei Tsuruga

今回の出題は、3月1日に掲載された国際協力機構(JICA)のプレスリリースからです。早速ですが正解は、「2010年時点では25.6%とメコン諸国の中ではラオスに次いで2番目に高い数値」です。この部分が誤りです。ミャンマーの2010年の貧困率はたしかに25.6%です。しかし、これは国内貧困線を基準としたときの貧困率です。つまり、ミャンマー政府が独自に決めた貧困線であって、ラオスの貧困率と比較することはできません。ラオス政府は独自に別の貧困線を決めて貧困率を計算している決めているわけですから、国内貧困線を基に算出された貧困率を用いて国際比較することはできません。

貧困率の国際比較をする場合、1.25ドルや1.90ドルといった国際貧困線をベースに算出した貧困率を使わなければいけないわけです。ただ、プレスリリース中にある「25.6%」の出典であるUNDPが実施した2010年の調査報告書には、国際貧困線を基準とした貧困率の記載がありません。ミャンマーの貧困分析に使えるデータについては「ミャンマーの貧困分析をエクセルでやってみた」でも詳しく解説していますが、UNDPのデータが唯一利用可能なものとなっています。しがたって、国際比較可能なミャンマーの貧困率は公表されていないということになります。もちろん、家計調査のマイクロデータを入手できれば、計算できますけどね。

貧困率の基礎知識

Photograph: Ippei Tsuruga

この誤りを指摘したところで揚げ足を取るだけの小さなもので、事業の本質を語るものではありません。ここではむしろ、貧困に関する基礎知識の大切さを説明するための材料として使いました。あらかじめご了承ください。

さて、ここで言いたいのはプレスリリースの小さな誤りについてではありません。貧困指標や貧困分析に関する基礎知識の必要性について、日本の開発援助関係者の皆さんへ改めて考えてほしいという思いです。

多くの場合、日本の開発援助における「貧困」という言葉は、批判を呼ばない耳障りの良い用語に過ぎません。これは、政府・NGO・民間を問わず、共通の課題だと思っています。その理由は明確で、「貧困削減」事業に携わる人が、貧困指標や貧困分析の基礎知識を持っていないためです。

貧困率や貧困削減という言葉は多くの場合、日本の開発援助業界ではレトリックの一つであって、プレゼンや文書を作る際の使い勝手の良い用語となっているのが実態だと感じます。斯く言う私も、「貧困と開発修士号」という不思議なタイトルの学位を取得していなければ、国際貧困線と国内貧困線の違いも知らずにいたことでしょう。

もちろん、JICAの「貧困削減」案件が貧困を考慮していないと言っているわけではありません。細かい話をすると、JICAの「貧困削減」案件の多くは、貧困率の高い地域を対象としているに留まっています。貧困地域を支援することで、貧困削減に貢献する。そういうロジックです。

このターゲティング手法を専門用語で「Geographical Targeting(貧困地域にターゲットを絞ること)」と呼びます。これは確立したアプローチで、批判するものではありません。ただ、事業計画をする際に、自分は今「Geographical Targetingをやろうとしているのだ」と理解しているかどうかが大切です。

貧困層のターゲティング手法はたくさんあり、事業目的や費用対効果に応じて、ターゲティングのオプションを選ぶのが一般的です。「数あるアプローチを検討した結果、Geographical Targetingが最良の手法だったので採用した」と言えることが大切だと思います。

日本の国際協力を一歩前進させるために

世界の開発援助コミュニティで「この案件は貧困削減に貢献しました」と発信する場合、①どのようなアプローチで貧困層に裨益する事業モデルで、②その案件によって具体的にXX%の貧困削減が達成されたか、を説明することが求められます。

たしかに、日本のODAには貧困削減をうたう事業がたくさんあります。日本の援助を国際社会に知ってもらうための仕事は、私もJICA在籍中に携わりました。しかし、基礎知識が無い中で耳障りのよいコトバとして「貧困」を使っているものがとても多い印象を持っています。そのような案件を見ると、案件名には貧困削減が入っているものの「貧困世帯のターゲティングをどのように行ったのか」、「貧困指標がどの程度変化したのか」を事業計画から読み取ることが難しくなっています。

日本の開発援助を一歩前進させるためには貧困指標や貧困分析に関する基礎知識が不可欠です。

長々と書きましたが、この一文だけを強調しておきたいと思います。

参考資料

ミャンマーの貧困分析をエクセルでやってみた(2016年8月14日掲載)
ミャンマーの貧困指標についてもっと知りたい方は、要点を別の記事に纏めていますのでご覧ください。

開発途上国の貧困の定義と計測方法のまとめ(2016年5月3日掲載)
貧困線と貧困率の関係についてもっと知りたい方は、要点を別の記事に纏めていますのでご覧ください。

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