国際

紛争影響下のジェンダーに基づく暴力ーパートナーからの暴力を取り残さない

Photograph: Syracuse University

「これはベタね」

家族間の殺人事件は、新聞記事が概して小さいことを、新聞社入社1年目で知った。ベタとは2段以上の見出しがつかない、目立たない、大抵は短い記事だ。家族間でも凄惨な場合や被害者あるいは加害者が複数になる場合、記事は大きくなるが、通常、他人間より比較的小さい。

夫やパートナーなど「親しいパートナーからの暴力(Intimate Partner Violence, 以下IPV)」は、最も一般的な女性に対する暴力の形態の一つだ。81カ国での調査で、15歳以上の女性の30%が、生涯に身体的または性的なIPVを受けている(Devries et al., 2013)。持続可能な開発目標(SDGs)でも、目標5「ジェンダー平等の実現」の進捗度を測るインディケーターで、IPVに関するものが2つある。

にもかかわらず、IPVの深刻さは軽視されていないだろうか。

IPVの問題を考える時、現在、一般的に使われている「DV」という呼称自体を問題視する指摘もある。米国の作家・フェミニスト・社会活動家のフックスは喝破する。「ドメスティック・バイオレンスという言葉は、個人的で親密な関係のなかで起こる暴力は、家庭の外で起こる暴力に比べて、それほど恐ろしくもなければひどくもないという印象を与える、いわば『耳障りのよい』言葉として長いこと使われてきた。しかし現実にはそんなことはない。殴られたり殺されたりする女性は、家の外でよりも中でのほうが多いのだ」

紛争中や紛争後、紛争に伴う難民や国内避難民の生活といった紛争影響下の「ジェンダーに基づく暴力(GBV)」は、今日、国際的に問題視されている人権問題である。しかし、平時でも見えにくいIPVは、紛争影響下のように武装勢力などによる、印象的な、凄惨なGBVが問題視される状況で、なおさら顧みられていないのではないだろうか。

紛争影響下のGBVに対する問題意識は高い。2000~2010年の10年間で、紛争影響下のGBVに焦点をあてた国際的な決議は、国連安全保障理事会だけでも9つある。国際刑事裁判所(ICC)は、組織的なレイプなどに対して裁判や調査を講じている。

長らく光が当てられてこなかったGBV、特に女性たちの人権を重視することは非常に大切だ。ただし、この場合、国際社会の焦点は、武装組織による組織的な、レイプなどの性暴力や性的搾取などではないだろうか。

紛争とGBVの関連性について興味深い調査がある。紛争下のGBVとして「IPV」「身体的暴力」「レイプ」のいずれかに一つでもあてはまるGBVの中では、IPVが最も多く、家の外でのレイプや性暴力よりも明らかに頻繁に起こっていた(Stark & Ager, 2011)。そして「現在の紛争下のGBVは、家庭の外の暴力が誇張され、その偏った理解が、アドボカシーや資金、援助プログラムに反映されている可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

Ward(2002)は、紛争中や紛争後に増える可能性があるGBVとして、児童婚や早婚、女児の嬰児殺害、強制不妊、DV、女性性器切除(FGM)、名誉殺人など、必ずしも直接紛争に関係しないGBVを挙げている。さらに近年2010~2017年のうちに、コロンビア、パレスチナ、リベリア、スリランカなど、各地で紛争影響下のIPVの深刻さが相次いで報告されている。

難民・避難民も、IPVの危険は高まる。UNHCR(2008)は、住む場所を追われたコミュニティーの間や紛争後で、特にDVが悪化すると報告している。また、最近のシリアの紛争でも、Freedman(2016)は、EU諸国を目指して避難する過程で、女性がDVを受けても、夫と離れて1人で移動することは密輸業者にレイプされるなどの危険があること、また、目的地に急ぐためには自分のDV被害を優先させられないことから、夫などパートナーから逃げにくいと分析している。

紛争影響下のIPV対策を行うNGOやUNHCRによる活動もあるが、規模は限られている。紛争影響下においても、IPVは重大な人権侵害である。さらに、紛争が終結しても、IPVは被害が長期間にわたる懸念、深刻化する懸念をはらむ。紛争影響下のGBVのなかで、IPVが取り残されないよう、国際社会も、より注視して、対策を講じるべきではないだろうか。

引用文献

Devries, K. M. et al. (2013), The global prevalence of intimate partner violence against women, Science, 340(6140), 1527-1528.

Freedman, J. (2016), Sexual and gender-based violence against refugee women: a hidden aspect of the refugee “crisis”, Reproductive health matters, 24(47), 18-26.

Stark, L. & Ager, A. (2011), A systematic review of prevalence studies of gender-based violence in complex emergencies, Trauma, Violence, & Abuse, 12(3), 127-134.

Ward, J. (2002), If not now when? Addressing gender-based violence in refugee internally displaced and post-conflict settings, A global overview. Women’s Commission for Refugee Women and Children, Reproductive Health for Refugees Consortium

UNHCR (2008), Evaluation of UNHCR’s efforts to prevent and respond to sexual and gender-based violence in situations of forced displacement, The United Nations High Commissioner for Refugees Policy Development and Evaluation Service (PDES)

フックス, B.(堀田碧訳)(2003)『フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学』新水社(Hooks, B. (2000), Feminism is for Everybody, Pluto Press)

THE POVERTIST 2018年10月1日号

不平等と政治 2018年10月1日号 世界中が政治の年を迎えている。独裁体制が広がる東南アジア諸国。政治と経済がぶつかり合うアフリカ。私たちが携わる開発課題の多くは合理性だけでは動かない。政治的な駆け引きを経て妥協点が結果となって世に送り出される。国際開発の主役を民間企業が担う場面も多くなった。企業利益とモラルの戦いも熾烈を極めている。 THE …


THE POVERTIST 2018年9月1日号

新興国の挑戦 2018年9月1日号 好況が続く世界経済は、中所得国を高所得国へ押し上げただけではなく、多くの低所得国を中所得国へ「卒業」させた。「中所得国の罠」で語られるように、中所得国は特有の新しい挑戦に立ち向かわなければならない。

実務家の連載を募集します

THE POVERTIST編集部では、開発途上国の課題や政策に携わる実務家の連載を計画しています。業務を通じて携わる地域や開発課題について発信しませんか。

大学院生の連載を募集します

THE POVERTIST編集部では、開発途上国の課題や政策を学ぶ大学院生の連載を計画しています。大学院のコースワークの中で得られた知識やオピニオンをタイムリーに発信しませんか。

Comments are closed.