カンボジア

プノンペンの朝はカンダル市場から始まる

Photograph: Ippei Tsuruga
Photograph: Ippei Tsuruga

プノンペンの朝は早い。朝もやの街。走り回る子供。鳥のさえずり。タバコのにおい。パジャマ姿であいさつを交わす近所のお母さん。看板の無いレストラン。炭のにおい。隣の食堂は今日も顔なじみで満席。クイテウをすすっている。全てがあのときのままだ。

シクロ。モトドップ。トゥクトゥク。庶民の足はまだ変わらない。忙しいプノンペンの街は、もっと忙しくなり、カンダル市場は今日も大賑わい。商売上手のおばちゃんが地べたに隙間なく並び座っている。5年前は通路だった場所。今はおばちゃん自慢の野菜が所狭しと並ぶ展示場だ。

買え買えと言うでもなく、ただただ笑顔を振りまく。最高の営業術がここにはある。人は足を止め、指をさし、値段と重さ、個数を伝える。この場所にはいつからこんな時間が流れているのだろう。

朝5時。東の空が赤くなる。大地の恵み。トンレサップ川から吹き込む涼しい風がプノンペンの頬を撫で、朝を告げる。中州にできた大きなホテルも、この息吹を遮ることはできない。プノンペンに朝を告げてきた目覚めの風。アンコール遺跡ができるよりもっと昔から、毎日一度も忘れることなくプノンペンに命を吹き込んできた風なのだ。

カンダル市場の朝は早い。周りの小道は人で埋め尽くされている。商売道具を抱える人。空っぽの買い物かごを抱える人。パジャマ姿にブランド物の財布を抱えるおばちゃん。人々の往来を支えるバイクタクシーとシクロ。ここにいる全ての人々が、この時間を作っている。

路上に置かれたトンレサップの恵みが鼻孔をつく。おばちゃんが魚のはらわたを取り除いている。うしろにいるのは娘さんだろうか。丸裸のかえるをかごに並べている。鶏はぐったり地べたに寝そべり、野球帽のおじさんがミネラルウォーターを与えている。人も鶏もここへ来るまで長旅だったのだろう。

緑の野菜に囲まれたおばちゃんの笑顔は何よりも美しい。トンレサップの恵みは毎朝ここに運ばれ、人々の朝を彩る。いつの日もそうだったように。

カンボジアに暮らす人々にとって、時代は時に厳しく、時に優しかった。辛い出来事を経験しなかった人々はここにはいないだろう。けれど、朝の時間と人々の生活はいつもカンダル市場から始まり、トンレサップとともにある。

プノンペンの朝は今日もここから始まる。

 

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