インド

インドの「待てば待つほど安くなる」病院

Photograph: DFID
Photograph: DFID

医者不足、設備不足、長い待ち時間、高い診察料金、病院に行く電車賃、、インドの農村部には、数多くの課題があり、死亡率が下がりません。The Lancetによると、インドでは、医者不在の医療施設が2千以上あり、5千以上の施設に薬剤師がいません。

こうした課題を解決すべく、西ベンガル出身のアルン・ナバティア氏は、長年病気で苦しんできた兄アナント氏とともに、2007年にRural Health Care FoundationRHCFを設立しました。彼ら兄弟は、持続的な経営手法を用いて、貧困層向けの医療施設を12カ所で運営しています。

診察と7日間服用できる薬の代金は、90米セント。それでも75%の運営資金はこの代金でまかなわれています。90セントも払うことができない最貧困層には、「待ち時間割引」を用意しています。1時間待つごとに10セント割り引かれるため、より貧しい層も受け入れる体制を整えています。同じ志をもつ他病院と提携することで、高度医療が必要な患者を迅速に紹介し、RHCFから紹介された患者は、安価な代金で診察を受けることができる環境を整えています。

RHCFの経営戦略は、プライマリーケア(一次診療)に集中し、より多くの地域に拡大することです。現在、RHCFは月に2.5万人の患者を診察しており、提携先の眼科専門病院は、これまで9千に及ぶ眼科系手術を行い、3.2万の眼鏡を貧困層に提供してきました。

コスト削減の努力も欠かしません。(RHCFが提供する)住まいや経験を求める若い医師または定年退職後の医者を雇用すること、安価なジェネリック薬品を調達すること、そして、期限切れが近づいた医薬品を調達する等、試行錯誤を繰り返してきました。

借金をして病院を建設したにもかかわらず、地元の偽医者が台頭し、患者が全く集まらずやむなく閉鎖に追い込まれる等、数多くの困難がありましたが、創設者の兄弟や医者そして学生ボランティアを支えてきたのは、金銭的報酬ではなく、心理的な報酬でした。10歳の頃から毎日35種類もの薬を服用してきた創設者の兄アナント氏は、薬を手に入れることができない人々に思いを馳せ、経営努力を惜しみませんでした。

「社会的起業家は、やみつきになります。ある高齢の物乞いの女性が、マヤプールにある我々の病院に来て治療を受けました。無事に回復した後、彼女は私たちに『これでお菓子を買ってね』と言って、10セントの寄付をしてくれました。こうした人々の目を見ることが、一番の原動力です。これで私たちはいつまでもがんばってしまうんです。」試行錯誤で経営してきた結果、2013年、RHCF は国連経済社会理事会の協議資格を取得しました。

2014年、バンガロールで、高性能な医療機器を備えた日本式の総合病院「サクラ・ワールド・ホスピタル」を、セコム医療システム株式会社と豊田通商株式会社が共同で開院したことにも見られるように、インドの高度医療は発展してきました。インドの医療ツーリズム産業は成長を続け、現在30億米ドルの市場規模は、今後5年で倍以上になると言われています(エコノミック・タイムズ誌 :2015年11月掲載)。他方、世界では4億人もの人々が最低限のヘルスケアサービスを受けることができず、そのうち6%の人々が、医療費を負担することでさらなる貧困状態に陥っていると言われています (世界保健機関・世界銀行2015年報告書)。RHCFは、スケールアップ戦略として、インドの僻地にクリニックを建設しようとしています。ラストマイルに住むさらに厳しい状況にある人々に医療を届けるため、寄付も呼びかけています。こうした格差を軽減すべく、Cross Subsidizingモデル(注1)を活用して、貧困層向けの医療を提供するRHCFやAravind Eye Care SystemVaatsalya Hospitalsのようなハイブリッド組織(注2)の活躍が求められています。


注1:”たすきがけ”式助成モデル。消費者の所得に応じた料金を設定し、富裕層への課金で得た利益で、貧困層に製品・サービスを提供するビジネスモデル。
注2:社会的・経済的目的を同時に追求する組織。なお、営利・非営利の組織体は問わない。
(上記は、2016年4月8日にイェール経営大学院で行われたシュレヤス氏の講演及び執筆者によるインタビューに基づきます。)

参考資料

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