カンボジア

発展する首都プノンペンと中国企業(華僑)

カンボジアレポート 9-発展する首都プノンペンと中国企業(華僑)

2006年3月25日 Phnom Penh (Cambodia)

写真: お寺の子供たち。3月26日撮影 (2006年 THE POVERTIST / Ippei Tsuruga)
写真: お寺の子供たち。3月26日撮影 (2006年 THE POVERTIST / Ippei Tsuruga)

首都プノンペンは中国系企業の進出がとても激しい。ホテル、レストラン、デパート。街をあるけば中国語をたくさん目にすることができる。当然、中国系の 人たちも多くすんでいて、華僑と呼ばれている。彼らの多くはネクタイを締めてビシッと決めている。ビジネスマンが多いのだろう。
ふと、ホテルでテレビをつけてみた。すると驚くことに、ジャイアント馬場がブッチャーに馬場チョップをぶちかましていたのである。
日本でジャイアント馬場が活躍していた頃といえば僕らが子供の頃だろうか。よくばあちゃんの家で土曜の15時から見ていたものだ。かれこれ15年程前になろうか。昭和を思わせる解像度の荒い画面と、いまどき聞くことのできない、古い感じの実況が妙におかしかった。
日本から一緒に同行していたカンボジア人の方によると、カンボジアでは50チャンネルものテレビ番組を見ることができるそうで、そのほとんどが外国のテレビ局を経由して流れているとのことだ。
ちなみに彼は国費で日本の大学へ留学し、工学を勉強した。そして約10年振りに帰国するとのことで僕らに同行していたのだ。
ポルポト政権下で多くの知識人が殺害されたことによって、カンボジアは本来、復興をリードしていくべき人をほとんど失ってしまった。国家予算の3分の1 を他国からの援助に頼っていることからも明らかなように、30年前のこの虐殺がカンボジアの復興を遅らせる要因として今もなお現代に色濃く残っているので ある。
こうした中において、彼のように日本で技術を身につけた人は大変貴重な存在なのである。彼も「カンボジアを復興させるために働きたい」といっていた。

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